無駄を徹底的に排除するために

松田さんがつくり上げたフランチャイズシステムの特徴は、いまでは一般的となっているフランチャイズシステムとは一線を画するものでした。簡単に言うと、ビジネス資材やノウハウだけでなく、人材派遣から店舗運営までのすべてを本部が行う「まる抱え」のシステムです。つまり、店舗運営に関しては直営店とほぼ同じです。

フランチャイジーの役割は、店舗を出店するのにいい物件を探してくることだけでした。物件を購入したり借りたりする資金の融資先も吉野家本部が紹介するため、自己資金がまったくなくても、いい物件さえ探してくれば加盟店のオーナーになることができました。それが松田流のフランチャイズシステムです。

人材教育も「まる抱え」

本部「まる抱え」のシステムは必然でした。吉野家の生命線は「早い、うまい、安い」です。あの味をあの早さと価格で供給することは、本部が仕入れなどで主導権を発揮して材料を送り、吉野家の本部で訓練を受けた人材がオペレーションすることでしか実現できませんでした。

店舗の調理場の鍋で煮立った牛肉を、あっという間にお玉ですくうだけで盛りつけられるというサービスは、本部で厳しい訓練を受けた人にしかできません。ですから、材料から人材まですべて本部が調達するというシステムは、吉野家のフランチャイズとしては必然だったのです。

吉野家には直営の訓練センターがあり、そこで人材を教育していました。チェーンレストランには、加盟店が雇った人材を本部が訓練するという形態を採用しているところが少なくありませんが、松田さんはそうした無駄の多いやり方を嫌いました。自社の社員ではなく、他社の社員を教育するのは「まどろっこしい」し、「無理とムラ」が出るというのが、松田さんの考え方でした。

「あいつがやっている牛丼はおいしいけど、こいつの牛丼はおいしくないってのは俺は認めない」と松田さんはよく話していました。

つまり、加盟店が雇用した人材では、訓練後のことまでは目が行き届きませんが、吉野家の社員ならば、雇用期間中、本部が責任を持って質を保つことができる。そのため、店舗運営にも本部が責任を持つことで、どの店舗でも均一のサービスが実現できる、そう松田さんは考えたのです。

なぜ牛丼の肉はアメリカ産なのか

国産牛を使った牛丼はうな重とならぶ高級料理でした。吉野家が破格の値段で牛丼を提供できたのは、アメリカ産の牛肉を使っていたからです。今日ではあたり前のことですから、なんだ、そんなことが「安い」の秘密かと思われるかもしれませんが、「そんなこと」を思いつく人は、松田さんのほかにいませんでした。

当時、国内で輸入牛を提供していたのは、外国人観光客を顧客とするホテルのレストランぐらいでした。農産物の輸入規制が厳しかった時代で、アメリカ産の牛肉は精肉店でもほとんど扱っていませんでしたが、ホテルには特別に輸入枠がありました。松田さんはそこに目をつけ、やがてアメリカ産の牛肉を安定的に輸入できる道筋をつけました。

アメリカの形の牛肉
写真=iStock.com/RyanJLane
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吉野家が購入していた肉は「ショートプレート」、日本ではバラ肉とよばれる部位だけでした。これができたのはアメリカの牛肉は部分肉流通だったからです。吉野家の牛丼のためには脂が多くて甘みがあるショートプレートが適していました。

しかも、その部位はアメリカではステーキなどのメニューに使わないので見向きもされません。当時、アメリカ牛のショートプレートは日本がほとんどを輸入していました。そのため、吉野家も牛肉なのに安価で、しかも安定して買うことができたのです。