チェコやポーランド、ルーマニアなどの東欧のSNSで、ウクライナ避難民を巡るニセ情報が拡散されている。「ウクライナ難民は無料で商品券をもらっている」「多額の給付金を得ている」といった情報は、どこから発信されているのか。6月に東欧を取材したジャーナリストの増田ユリヤ氏に池上彰氏が聞く――。(連載第9回)
2022年9月1日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ロシアのカリーニングラードにある博物館・劇場教育施設で、文化、芸術、科学、スポーツの分野におけるオリンピックや競技会の優勝者が参加する公開授業を開催した
写真=SPUTNIK/時事通信フォト
2022年9月1日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ロシアのカリーニングラードにある博物館・劇場教育施設で、文化、芸術、科学、スポーツの分野におけるオリンピックや競技会の優勝者が参加する公開授業を開催した

シリア難民への不満が爆発し、殺し合いに

【増田】ロシアによるウクライナ侵攻開始から今に至るまで、戦火を避けようと、実に1000万人もの人たちが国外に逃れています。ウクライナ避難民は今のところ「避難先での定住」を考えてはいないケースが多く、私が3月下旬にハンガリーで取材したウクライナ人の人たちも「ウクライナへ帰りたい」と口々に言っていました。

これは2015年の欧州難民危機の際のシリア難民のケースと異なっています。こちらも取材して分かったことですが、シリア難民の場合は、内戦によって家も街も焼き尽くされてしまったことに加え、逃れてきたヨーロッパ諸国の方が経済的にも豊かであること、教育レベルも高いことなどを考慮し、「シリアにはもう戻れないし、戻らない」という思いを抱いていました。

しかし、ドイツに大量にやってきたシリア難民の存在は、ドイツ内でかなり強い摩擦を生む結果となりました。もともとドイツ国内で東西の経済格差に不満があったところに、当時のメルケル首相が難民受け入れを発表した。それによって、「自分たちの年金さえもらえるかどうかわからないのに、なぜ難民に給付金を与えるんだ」という形で一部の人たちの不満が爆発してしまったのです。

しかもキリスト教圏にイスラム教徒であるシリアの人たちが入り込んだことが、問題をより複雑化させました。ドレスデンの少し南にあるケムニッツという地域に取材に行きましたが、難民同士の小競り合いが、殺し合いにまで発展する事態になっていました。さらにはもともとあった不満と、難民受け入れによる軋轢が相まって、ドイツ国内で極右政党が支持を伸ばす結果となりました。

一方、ウクライナはキリスト教圏なので、ヨーロッパに逃れても文化的な摩擦は少ないかもしれません。特にウクライナ避難民は女性や子供が多いことも、受け入れ側の警戒心を低下させる一因となっているのではないでしょうか。

ウクライナ避難民に対しても不満は爆発するか

【増田】もともとウクライナは豊かな国ではなく、ヨーロッパ最貧国のひとつです。ウクライナからポーランドに出稼ぎに出ていた人たちもいましたが、そのポーランドもそれほど豊かというわけではなく、ポーランド人はイギリスに出稼ぎに出ていたほどです。

この「ポーランド人出稼ぎ労働者」がイギリスのEU離脱のきっかけになったとさえ言われています。2004年のEU加盟以来、実に多くのポーランド人が安い労働力としてイギリスに押し寄せ、その数は2017年には100万人を超えました。イギリス人からすれば仕事を奪われているという意識がありました。そのポーランドにウクライナから出稼ぎに行っていた、と言えば、ウクライナがいかに貧しい国であったかが分かるでしょう。

ではこれから先、ウクライナ避難民に対するヨーロッパの人々の「見る目」は変わるのか。ドイツにおけるシリア難民の時のように「ウクライナ人が給付金を受けるのは納得できない。ウクライナ人ばかり優遇するな」という不満を、受け入れ先の国民が抱くでしょうか。

今年6月にハンガリーを取材した際の感触で言えば、ウクライナ難民に対する反感のようなものは感じられませんでした。ただ、「ロシアのウクライナ侵攻に対して関心が薄れてきている」のは確かです。