言語を巡る軋轢がウクライナ内戦の引き金に
【増田】ロシアによるウクライナ侵攻で、東欧の歴史にも注目が集まっています。国連の分類によれば、「東欧」とはロシア、ベラルーシ、ウクライナ、モルドバ、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリー、スロバキア、チェコ、ポーランドの10カ国を指します。改めて「私たちは東欧のことを知らなかった」という事実を突きつけられています。
ロシアは、ウクライナを攻撃した理由の一つとして、ウクライナ東部のドンバス地方(ドネツク州、ルガンスク州)にいるロシア語を話すロシア系住民が迫害されているからだと主張しています。もちろん、攻撃を正当化する理由にはなり得ませんが、言語を巡る軋轢があったこと自体はあながち否定できないのではないでしょうか。
【池上】2014年に親ロシアのヤヌコビッチ大統領が追放されると(マイダン革命)、反ロ親米政権が発足して、「国家言語政策基本法」の廃止を決定しました。ウクライナ憲法では公用語はウクライナ語と決まっていますが、日常的にロシア語を使う住民が多く住む地域では、ロシア語を第2公用語としてよいという法律ですね。
この法律が廃止されれば、ロシア語しか話せない公務員や国営企業の幹部は職を失ってしまうのではないかとの反発が起き、市庁舎を占拠するなど暴動が起こりました。ウクライナ政府は法律を廃止しないと弁明しましたが、ロシアの支援を受けた武装勢力がドンバス地方を占拠するきっかけとなりました。
言語を強制する法案成立で、大反発が起きた
【増田】私はこの6月末に、東欧のハンガリーやスロバキアを取材してきたのですが、これはまさに国境を接する地域で、言語がどのように扱われているかについて取材をしたかったからです。
ハンガリーとウクライナは国境を接していますが、ハンガリー語を話す人たちが、ウクライナとハンガリー国境のウクライナ側に住んでいます。以前はハンガリー語で教育を受けることができていました。
しかし、ゼレンスキー政権の前、ポロシェンコ大統領の2017年、初等教育における非ウクライナ語教育が禁止され、その後、プライベートな会話ならびにミサなどの宗教上での会話以外は、ウクライナ語が強制される法案が成立しました。
当時、ハンガリーでも反発があり、デモが起こりましたし、ハンガリー政府も反対の姿勢をとりました。ただ、この法案の前提にあったのは、ウクライナ語以外の言語を公用語にしないこと。つまり、ロシア語を公用語にしない、ということだったのです。
ロシア語とウクライナ語は、例えば「チェルノブイリ(ロシア語)」と「チョルノービリ(ウクライナ語)」のように、非常に近い言語体系ですが、チェコ語とスロバキア語も非常に近い体系を持っています。日本で言えば、方言くらいの関係性と言えるでしょうか。
【池上】私も以前、その話を聞いたことがあります。「チェコ語とスロバキア語ってどの程度違うものなのですか」と聞いたら、「日本の共通語と関西弁の違いくらいです」という答えが返ってきました。