※本稿は、浅野拓『健康寿命を延ばす「選択」』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
仕事ができる人でも健康への「合理的な判断」はできない
健康な人生を選ぶための考え方の一つに「合理的に選ぶ」というものがあります。
私たちは大の大人で、仕事などでは合理的に物事を選択しているはずなのに、こと生活習慣に関しては「運動はもう少し涼しくなってから」「ダイエットは明日からにして、今日は自由に食べよう」などと先延ばしにする心理が働きがちです。誰もが生活習慣病になりたくないと思っていて、健康に良いことと良くないことが頭ではわかっているはずなのに、好きなものを好きなだけ食べたり、タバコを吸い続けていたり、お酒を飲みすぎたりする人は少なくありません。
診察室で患者さんと話していても、よく不思議に思うのです。企業の社長など、バリバリ働いていて、かなりリテラシーの高い人であっても、「今はまだ大丈夫」「来るべきときがきたら、ちゃんとする」などとおっしゃって、すでに血圧や血糖値、コレステロール値といった数字が上がっていても、何も行動を変えようとしない人が結構おられます。果たしてその「まだ大丈夫」という選択は、仕事で行っているような合理的な判断に基づいたものなのか……。
こうしたことは医者にも当てはまります。むしろ医者のほうが、質が悪いかもしれません。医者の不養生とよく言うように、他の人よりもリスクをわかっているはずなのに、自分の生活習慣は顧みない人が多いのです。
「自分だけは大丈夫」と思ってしまう理由
どうして頭ではわかっていても、いい生活習慣を選択することは難しいのでしょうか。
私は、行動経済学の本を読んでいて、その「なぜ」が理解できました。人間というのは、そもそも不合理な行動を選択してしまう生き物のようです。
ちなみに、行動経済学とは、これまでの経済学に心理学の要素を取り入れたもので、人々の不合理な行動が経済にどのような影響を与えるのかを追究する学問です。
たとえば、予期しない事態が起こったときに、自分に都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりして「自分は大丈夫だろう」「まだ大丈夫だろう」などと判断してしまうことを、「正常性バイアス」と呼びます。バイアスとは、思い込みや情報の偏りなどによる認知の歪みのこと。
自分に都合の悪い情報に直面すると、誰しも、大なり小なり正常性バイアスが働くようにできているようです。