「教義に反する」少数の宗派が多大な力を持っている

日本では母体保護法で認められている中絶が、なぜアメリカでは違法になってしまったのか? そもそもどうして「中絶」という行為の是非が争われているのだろうか。

その背後にあるのが、キリスト教保守勢力の存在だ。

アメリカ人口の65%を占めるキリスト教徒のうち、特にカトリック教徒とプロテスタント福音派が、中絶は教義に反するとしている。

デモプラカード
筆者撮影

その根拠は聖書の解釈にある。聖書の中には、母体の中に新たな命が宿った、つまり妊娠した瞬間から、「母親は子供と共にある」という言説が多く用いられている。彼らの解釈では、妊娠したその時から、胎児は創造主である神によって生を受けた人間であり、その命を絶つ中絶は殺人、神に背く行為ということになる。

とはいえ、現代の事情に合わせて考え方は変わってきており、カトリック教徒の約半数は中絶に反対していないとされる。一方、アメリカ南部で強い力を持つプロテスタント福音派は、その多くが中絶反対派だ。レイプや近親相姦の例外も認めないという、厳しい考え方も根強い。

カトリックはアメリカ人の20%、プロテスタント福音派も25%。いずれもマジョリティとは言いがたい。にもかかわらず、なぜ法律を変えるほどのパワーを持っているのだろうか。

その理由は、特にプロテスタント福音派が、保守共和党と強い関係を持ち続けているからだ。

彼らの蜜月が始まるきっかけも、やはり中絶だった。

「中絶は政治に使える」と考えたニクソン元大統領

アメリカで中絶はおよそ50年前に合法化されたが、直後にはキリスト教徒による激しい反対運動が始まった。それを見て、「これは使える」と考えたのが保守の政治家たちだった。

宗教を味方につければ、非常にありがたい票田を得られるというのは、どの国でも同じだろう。そこで当時の大統領候補のリチャード・ニクソン氏と共和党が「中絶反対」を叫び始めたのだ。

その見返りに、プロテスタント福音派は共和党候補に票を注ぐようになる。それ以来保守政治家は、常に中絶反対の立場をとるようになったのだ。

中絶反対を訴えるために共和党が使ったスローガン、それが「Family Value(家族の大切さ)」だ。中絶はドラッグと同じように、家庭崩壊を招くとまで主張して民衆をあおった。

家族の大切さと言えば聞こえはいいが、この場合のファミリーは、伝統的な父・母・子供という核家族で、ひとり親家庭や、LGBTQは含まれていない。旧来の差別的な価値観だ。

性的・人種的マイノリティが次々に人権を獲得していった時代は、同時にそれらに反感を持つ者も少なくなかった。社会の激変を恐れる保守的なアメリカ人に、「伝統的な家族」の文脈は深く刺さった。

以来、ロナルド・レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュと続く共和党政権も、このフレーズを使い続けてきた。