一勝九敗
[著]柳井 正
(新潮社)

ただの野心家は「俺もいつかは大成功して……」となる。醒めている人は「成金っていうのはしょうがないね……」となる。柳井さんのなかにはこのふたつが奇妙に共存していた。超ホットで超クール。この連載の第2回・第3回でとりあげた井原高忠さんも、「テレビなんて見るものじゃないよ、金も払わないのに勝手に流してくるんだから……」といいながら、テレビに命を懸けていた人である。戦略ストーリーを構想するリーダーというものは、自分がとことん面白がらなくてはつとまらないが、自分だけが熱くなってしまうようではだめなのだ。自分も全体の一部分として客観的にみるという、どこかで醒めた目が必要である。

経営者には「自分自身を客観的に分析・評価できる」という資質が必要ではないか、と柳井さんは本書で述べている。ファーストリテイリングで、あるとき役員と部長全員で360度評価したところ、柳井さんは自己評価と周囲の人たちの評価がほとんど同じだったというエピソードがある。「ぼくは自信過剰になることもないかわりに、卑下することもない性格」というのが柳井さんの自己診断である。

ブラブラ青年が日本を代表する経営者になったきっかけは、それほどの決意や確信に満ちたものではなかった。ジミー・ライの話を知った当時、0.01%ぐらいの確率であるにしても、ひょっとしたら世界一のアパレル企業になれるかもしれない、と直感した。そこから地元の山口でユニクロの商売を初めて、失敗や成功を重ねる。0.01%だった確率が、徐々に0.1%、1%と大きくなってくる。東京に進出し、原宿に旗艦店を出したころになると「可能性は10%ぐらいあるのでは」という気がしたという。

「そうこうしているうちに、いまではその確率が50%くらいはあると思うんですよ」。まことにシビれる話である。

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