情報収集や情報整理の方法論について書いた本は世に多い。新たな情報整理術の本が毎年のように出版されている。これはデジタル時代になる前からずっと続いている。情報収集や整理のハウツー本はそれだけ太い需要がある分野なのだろう。

楠木 建●一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授。1964年東京生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。日本語の著書に、『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『知識とイノベーション』(共著、東洋経済新報社)、監訳書に『イノベーション5つの原則』(カーティス・R・カールソン他著、ダイヤモンド社) などがある。©Takaharu Shibuya

情報を整理する以前に、まず情報整理についての本を整理するべきではないかというのが僕の見解である。そこで今回紹介するのが、「これだけあれば、ほかには要らない」という2冊、内田和成さんの『スパークする思考』とその続編の『プロの知的生産術』である。この2冊がよくある情報整理術の本と決定的に違うのは、「情報」(information)そのものではなく、むしろ人間の「注意」(attention)を相手にしている本であるところだ。

ハーバート・サイモンという、ノーベル賞を取った経済学者が素晴らしい言葉を残している。「情報の豊かさは注意の貧困をつくる」。要するに情報と注意はトレードオフの関係にあるという洞察である。情報が増えればひとつひとつの情報に向ける注意量は必然的に減る。情報が減ればそれに注ぐ注意量は増える。なぜかというと、人間の脳のキャパシティは古今東西で変わらないからだ。

インターネットがいい例である。大量の情報が氾濫している。しかし、情報というのは、そこにあるだけでは意味がない。何かの情報を得ようと思ってウェブサイトを見始めると、無意識に次から次へとクリックしていって、しまいには何を探そうとしていたのかわからなくなってしまう。浴びる情報の量が増えて注意が貧困になっていく典型だ。人間がアタマを使って情報に関わってはじめて意味を持つ。人間と情報をつなぐ結節点となるのが「注意」である。人間が情報に対してなんらかの注意をもつからこそ、情報がアタマにインプットされ、脳の活動を経て、意味のあるアウトプット(仕事の成果)へと変換される。

情報の流通はITの発達を受けて指数関数的に増大する。それとパラレルに人間のアタマの処理能力が増大すれば話は単純だ。ITの進歩がそのまま知的アウトプットの増大をもたらす。ところが実際はまったくそうなっていないのは自明である。人間のアタマのキャパシティは幸か不幸か変わらない(おそらく幸だと思うが)。人間のアタマに限界がある限り、入手可能な情報が増えれば、一つの情報あたりに振り向けられる注意が減少するというトレードオフに突き当たる。至極当たり前の話である。

数多の情報整理本は、人間のアタマのキャパシティが変わらないということ、それがゆえの情報と注意のトレードオフという本質を無視して、情報の収集と整理の仕方をせっせと教えまくる。しかし、情報を効率的に取り込むためのツールが時代とともに変わるのは当たり前で、本質ではない。本当に必要なのは注意の方法論である。それを教えてくれる貴重な一冊が『スパークする思考』だ。