センスに教科書はない しかし読書で磨かれる

100万円が目の前にあり、いつでも手に入れられるのに「どうにも手が出ないんですよね」と躊躇する人はいないでしょう。ところが、これが読書となると「読みたいのだけれど、どうにも手が出ないんです」という人が少なくありません。なぜでしょうか。

理由は明白。100万円の価値は誰もが知っているけれど、読書の価値は知っている人と知らない人がいるからです。価値を知っている人が読書をためらうことはありません。読書の価値を知らない人や、読書によって何かを得た経験のない人が「時間がない」「きっかけがない」などあれこれ理由をつけて、本を手に取らないのです。

読書はあなたの「センス」を磨き上げる、極めて優れた手段の一つです。ただ、センスは「これをすればこの能力が、これくらい磨かれる」といった、直接的かつ定型的な方法があるわけではないのが難しいところです。

本を読んでいる人の手元
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センスの対極にある「スキル」と比べて考えると、わかりやすいと思います。例えば、TOEICのスコアはスキルです。「私のスコアは900点です」と言えば、誰もがあなたの英語力をだいたい評価できるでしょう。得点を上げるためのノウハウがあり、定型的な努力をすれば、ほとんどの人が能力を向上させられる。「BS/PLが理解できる」「社労士の資格がある」なども同様です。スキルは示すことができ、測ることができる能力です。

【図表】センスはスキルより重要だが、磨くのはむずかしい

一方「センス」は、示したり測ったりができません。例えばあなたが「私は商売のセンスが抜群なんです」と言っても、相手は胡散臭さを感じるだけでしょう。ではセンスに実体がないかと言えば、それも違う。どの分野にも「センスの良さ」を感じさせる人はいます。ただ、それは醸し出されるもので、具体的に何がどれだけできれば「センスが良い」と判定されるのか、その定義や基準があいまいなのです。