わかる人には万能薬、わからない人にはただの液体

この連載の当初から強調しているスキルとセンスの対比でいえば、スキル系のものはとにかく歯切れがいい。ビジネス書でいえば、「○○式思考」とか「1分でわかる!」という類のものである。センスはそうしたクリスピーな言葉やワンフレーズでは表現しきれない。23ヵ条にある原理原則は、柳井さんのセンスを全部ぶち込んで煮詰めて漉したあげくにできたコンソメスープのようなものだ。わかる人には万能薬、わからない人にはただの液体にしかみえない。

「第1条 顧客の要望に応え、顧客を創造する経営」という一行の原理原則。これについて、柳井さんは何時間でも「つまりこういうことである」という具体論を話すことができる。「経営理念23ヵ条」にある一つ一つの原理原則は、これだけで丼ぶり飯3杯はいける、というぐらい凝縮されて味が濃い。

たとえば、海外出店の立地について議論しているとする。ある人がある提案をする。柳井さんが否定するときは「それは顧客を創造することにはならない。なぜかというと……」と原理原則に立ち戻って、具体的に説明する。また、「そういうことをやっていて、顧客を創造できると思いますか?」と逆に問う。代案をアドバイスするときも、「むしろ、こういう立地を考えたほうがよいのではないか。なぜかというと……」とまたしても原理原則に戻る。原理原則に則って、きわめて具体的な代案が出てくる。

柳井さんの頭の中にはありとあらゆる因果論理が入っている。その因果論理が23の引き出しに整理されているといってよい。それぞれの引き出しの中にはさらに細かい因果論理の引き出しが無数につまっている。

その引出しをあけて出てくる中身の濃さが凄い。柳井さんと議論しているだけで、自分も商売人のセンスが身についたような気がしてくる。調子に乗って「話を聞いているうちに、僕も商売できる気がしてきましたよ!」と言ったところ、柳井さんいわく「それは完全な誤解です」。

当たり前に聞こえる23ヵ条であるが、その実行は難しい。表面的な合理性だけで目先の仕事をこなしていくと、知らず知らずのうちに原理原則から逸脱していく。「これまでの失敗を振り返ると、必ずといっていいほど、原理原則から外れたことをしている」と柳井さんは言う。