逮捕者が議員や警察幹部の場合は報道されるが…

一方でどんな微罪であれ、それが社会が抱える問題をあぶり出しているのではないか、という視点も報道には不可欠だろう。読者や視聴者がその時々に何を考えるべきか、問題を共有し、議論の素材となる情報を提供していく役割がメディアにはある。

朝日新聞は、事件報道の指針「事件の取材と報道」をまとめ、公刊している。ここでもニュース価値の判断基準としてまずあげるのは死傷者の多さなどに表れる事件の重大性だが、一方で、事件の裏に隠された問題点、あるいは事件を予防するための手立てを探る取材・報道の大切さにも言及している。

万引きに関する報道でいうと、万引きをして逮捕された人が議員や警察幹部など、公的な職にあったときに、新聞の社会面や地方面で扱われることはかねてあり、その背景を掘り下げるような報道も近年、見られるようになった。

例えば、若年性認知症の一つ「ピック病」と万引きとの関連を指摘する記事が2007(平成19)年2月、朝日新聞社会面に大きく掲載された。神奈川県茅ヶ崎市課長の男性がスーパーで万引きし、起訴はされなかったものの、市から懲戒免職とされたケースだ。本人は盗んだことを覚えておらず、家族が「どうして」と聞いても話がかみ合わない。心療内科を受診し、認知症の症状である可能性が浮かんだのだという。

市が「認知症のことを知らなかった」として、この男性の懲戒免職処分を撤回した、という続報もある。男性が海水浴場の命名で話題になるアイディアマン課長であり、40年近い勤続のまじめな市職員として知られていたことと、万引きという行為のギャップが、記事が大きく扱われた要素になったと考えられる。

「なんで盗ってしまったか分からない」と語った60代の女性

万引きを扱う裁判が、取材・報道のきっかけになるケースもあった。2016(平成28)年7月、万引きと認知症の関連が疑われたケースでの司法判断をめぐる記事が朝日新聞社会面でやはり大きく扱われた。「母が万引き……認知症だった」「実刑か猶予か、割れる司法判断」という見出しがついたその記事は、62歳の女性に関するものだ。

東京都内のスーパーで靴などを万引きし、罪に問われた。万引きするようになったのは10年ほど前からだったが、経済的には困っておらず、娘に「なんで盗ってしまったか分からない」と話していた。専門医の診察を受け、ピック病の症状があると告げられたという。東京高裁での控訴審判決は、万引きと認知症との関連を認めたものの控訴は退け、有罪と認定した。ただし、娘が母の症状の悪化を理由に刑の執行停止を求めると刑務所への収監は延期されたという。

店で女性の顧客の手に冬のブーツ
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記事では、同じような症状の人で、執行猶予中の再犯でも実刑とせず、再び刑の執行を猶予した裁判例も紹介している。事件報道において、裁判の取材は警察取材と並んで重要な要素だが、たくさんある窃盗罪の法廷をメディアがフォローしているとはいいがたい。

しかし、窃盗で有罪と判断された人の刑の執行を猶予するかどうかについての裁判所の判断に新しい傾向が出てきたとしたら、そこに取材・報道のきっかけが生まれる。司法判断の変化は、社会の変化をとらえ、反映したものと考えられるからだ。