社会的な地位や、コミュニケーション能力とは関係なく発症する

当事者のなかには、万引きで検挙された当時、医師、公務員など責任ある仕事に就いていたり、地域コミュニティーにリーダー的にかかわったりしている人たちもいた。かといって、おおかたが高い教育を受け、責任ある立場にいた、というわけでもない。

そんななかで共通点をあえて探すとしたら、治療につながるまでは、万引きを病気の症状とはとらえず、自分の人格、「悪人性」に還元しがちだったことだろうか。

ある女性は「病院とつながるまで、こんなに常習的に盗んでいる人はこの世にいない。自分は日本一の万引き犯で、世界一狂っていると思っていた。病院のミーティングに出て、(同じような人が)こんなにいるのかと」と語った。「自分が覚悟をもっていればやめられるものだと思っていた」「(病院に来てみて)こんなにいるんだ。自分だけじゃないんだ」と話す人もいた。

治療の道を見つけるまで、いかに孤独に問題を抱え込んできたのかを実感した。自分のことを客観的に話そうとする人たち、ともいえるかもしれない。初対面の記者に本来話す必要などない、言いにくい話をあえて切り出す。ただし、これはクレプトマニアの人たちの特性というより、治療でミーティングなどを通して、自分を見つめ、発言することにある程度慣れた人たちの特性なのかもしれないと感じる。

程度の差はあれ、万引きによって家族や恋人、仕事など大切なものを喪失した経験のある人たちである。クレプトマニアについて聞くことは、その人の人生をそれなりの長さの時間軸で聞くことになった。多くの人たちは、かなり以前にさかのぼり、家族や身近な人のかかわりになんらかの原因を見いだしていた。

年間4615億円に及ぶ万引き被害に、専門家はどう対応すべきか

国内の万引き被害の総額は、年間4615億円に及ぶという試算がある。2010(平成22)年、政府と民間団体による万引き防止の会議で示されたデータで、影響は被害に遭った店にとどまらず社会・経済に広く及ぶことを、あらためて考えさせる金額だ。

竹村道夫、吉岡隆(編)『窃盗症 その理解と支援』(中央法規出版)
竹村道夫、吉岡隆(編)『窃盗症 その理解と支援』(中央法規出版)

する側も、される側も、損失や万引き対策のコストが最終的に回ってくる一般市民にとっても、万引きをなくせるなら、それにこしたことはない。今後、必要なことは何か。医療面では、医師や看護師、精神保健福祉士ら、より多くの専門家がクレプトマニアに関心をもち、知見を積み上げることだろう。

潜在的な需要に対し、知識、経験のある専門家は十分とはいえないのではないか。取材した患者、家族のなかには、万引きに関連して過去に受けた治療に対する不満、不信をあらわにする人が少なくなかった。別の医療機関で摂食障害の治療を受けていて、万引きをやめられないことも思い切って医師に伝えたが、あいまいに返されるだけで、万引きをすることの治療にはつながらなかったといったケースだ。

群馬県内にある赤城高原ホスピタルには、首都圏はもちろん、本州以外からも患者が訪れていた。本人だけでなく家族も治療にかかわっていく必要があることを考えると、通うのが負担にならない場所で治療を受けられることは不可欠だろう。患者の万引きが見つかり裁判を受ける事態になって、精神科医の意見や証言が求められることが今後増えることも考えられる。専門医が少ないという理由で、こうした機会が制限されたり、裁判が遅れたりすることはあってはならないことだと思う。

取材で出会った当事者は、治療につながったという意味で恵まれた人たちだった。病気との関連に思いをいたした家族や弁護士がいて、支えられていた。その一方で、何度も盗みを繰り返し、家族や友人との関係も途絶え、一人で苦しんでいる人たち、刑務所との行き来を繰り返している人がどれだけいるのだろうと考えざるをえない。万引きという病への偏見をなくし、必要な情報を伝えていくメディアの責任を、あらためて感じている。

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