「男だから我慢」はもう古い
男性更年期障害は、1990年代後半から泌尿器科医師らを中心に議論され始めた。2007年には疾患名「加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)」として診療ガイドラインが作成され、09年からホルモン補充療法(※1)が公的医療保険適用の対象となっている。男性ホルモンも20歳代をピークに加齢とともに低下し、個人差はあるものの、心身の不調や性機能低下の症状が現れることがあるという。
田中さんは最初のインタビュー時は、男性更年期外来で男性ホルモンのテストステロンを筋肉注射するホルモン補充療法を受けて2カ月近く経た頃で、少しずつ症状が改善していると話していた。
そして、治療開始から半年ほどで精神的、身体的症状は回復した。
「実は、男なんだから多少の心身の不調は我慢しないといけない、と自分に言い聞かせていたんですが、そんなのはもう古いですよね。今の時代、医療も進んでいるんだから、つらければつらいと訴えて、治療を受けたらいいのだと、考え直すきっかけにもなりました。症状がどんどん悪くなって、何の病気かもわからない時期は精神的にもまいりましたけれど、これから後半の人生を思うと、いい経験だったのかもしれませんね」
田中さんは通院治療の終了を前に、そう振り返った。
これで彼への男性更年期をテーマにしたインタビューは、いったん終了するはずだった。
だが、その後、思いもよらない展開を迎えることになる。
更年期再発か、もっと深い問題か
筆者独自の継続取材ではテーマを固定して行っているわけではないため、田中さんにはその後、企業のリストラ策や成果主義人事制度など、中年管理職が直面する職場の問題について取材に協力してもらっていた。この間、男性更年期障害の症状は治まっていると、彼は話していた。
ところが最初のインタビューから5年近く過ぎた07年、当時50歳の彼の口から突如として、「性機能を回復する薬」という言葉が出るのだ。取材テーマはパワーハラスメント(パワハラ)で、今ほど社会に浸透していなかったパワハラ問題に人事部次長としてどう対策を図っているのかを聞いていた時の、ふとした発話の切れ目で現れた言葉だった。積極的に意図した発言ではなく、かといって、どうしても自分一人の胸に収めることができずに、といった様子だった。
「管理職ポストも上がっていくほど責任は重くなりますし、ストレスも増えて大変なんですよ。でも……そのー、性機能を回復する薬を処方してもらうようになってから……大変な仕事も頑張って乗り越えられるようになったというか……」
「えっ、また更年期の症状が再発したのですか?」
「まあー……再発、うーん……そのー、何というか……」
自分から口にしておきながら、歯切れが悪い。
(※1)ホルモン補充療法は、前立腺がんや睡眠時無呼吸症候群を患っている場合は行えないほか、前立腺肥大症患者も避ける場合が多い。副作用として前立腺への影響のほか、多血症や肝機能障害などが指摘されている。