薬のおかげで男としての自信が回復
当初の更年期をテーマにした取材で、田中さんから性機能障害があることは聞いていなかったが、男性更年期障害では先に述べた通り、性機能の低下も現れることがあるとされている。この時点では、更年期の再発としか思い浮かばなかったのだ。だが、彼の表情からして、もっと深い男の性の問題があるように思えてならなかった。
ここは思い切って尋ねてみるしかない。
「大変失礼なのですが……それは、ED(勃起不全)の治療薬(※2)を処方してもらっているということなのでしょうか?」
真実に迫るためとはいえ、質問しながら少し気恥ずかしい気持ちになったのも事実だ。それ以上に、もし間違っていたら、彼の自尊心を傷つけかねない。普段は相手の表情をきめ細かに観察するシーンなのだが、やや伏し目がちに尋ね、手持ち無沙汰にメモをとっていたためか、当時の取材ノートには「更年期?」「ED?」などと、クエスチョンマークがやたらと多く記されている。
「すみません、黙っていたんですが……気分の沈みとかイライラ、不眠、それから体の節々の痛みとか、心と体の調子はもう治ったんですが……そのー、低下した下半身の機能が気になって……。いや、前は心身の症状が治まっただけでよかったんですけど……だんだんそれだけでは満足できなくなって、何とかしたいという気持ちをどうしても抑えられなくて、久しぶりに更年期外来を受診して先生に相談したんです。それで……そのー、さっき質問に出たED治療薬を半年ほど前から出してもらうようになりましてね。薬の効き目はすごいんですよ! 男としての自信が回復して、気持ちも前向きになれたんです」
この時の田中さんのテンションが異常なほど高かったことに違和感を覚えたのを、今も鮮明に覚えている。彼の語りをそのまま文字に起こしてみると、言いにくそうに話しているように見えるかもしれないが、実際には言いよどむというよりは、もったいぶっているような物言いだった。
無論、医師ではない筆者が疾病かどうかの判断を下すことはできないが、田中さんの場合は再発した男性更年期障害の治療ではなく、もともと加齢によって低下しつつあった性機能を薬の力で回復させようとしているようだった。
8年かかって聞いた真相
つらい心身の症状の改善、健康維持という目的を超え、性機能を回復させることに必死になっていたことを本人の口から聞くには、さらに8年もの歳月を待たなければならなかった。
この間、面会取材は仕事の慌ただしさや体調不良を理由に断られ続け、電話やメールで定期的に近況を聞いていた。
最も気になったのが、ED治療薬の服用に伴う副作用だったのだが、それとなく質問してみても、「副作用なんて、ないですよ」「もう使っていませんから」などと一貫しない返答ではぐらかされていた。ただインタビューを何とか断続的にでも行えていたのが幸いで、いつか事の真相に近づけるのではないかと期待していた。
(※2)男性更年期障害でのED治療薬の処方は、公的医療保険の適用外。ちなみに22年4月から、不妊治療目的に限り、ED治療薬が一定の条件のもと保険適用の対象になった。