単なる攻撃ではなく「武力攻撃(armed attack)」と限定していることから、条約の制定当時は専ら実弾戦を想定していたのだろう。NATOが12カ国間で結成された1949年当時、サイバー空間での戦争は想定外だったと考えるのが自然だ。

しかし、今日ではサイバー攻撃は、敵対国を疲弊させる主な手段のひとつになっている。3月以降、ウクライナ侵攻は、現実世界とサイバー空間の2カ所で同時進行する「ハイブリッド戦争」だとの指摘が多く報じられるようになってきた。

NATOとしても、高まるサイバー攻撃の比重に手をこまねいているわけではない。近年NATOは、サイバー攻撃をもって集団的自衛権を発動し得るとする姿勢を積極的に示している。

サイバー攻撃はロシアのお家芸

NATOはマドリード会議後の6月29日、2022年の戦略コンセプトを発表した。第25項においてNATOは、サイバー空間での悪意ある攻撃は「武力攻撃(とみなされる)レベルに達する可能性があり、NATOは条約第5条を発動するに至る可能性がある」と明言している。

サイバー攻撃はロシアのお家芸だ。NATOの戦略コンセプトは、仮にロシアがサイバー攻撃を通じてウクライナへの支援活動を妨害するようなことがあれば、NATOは物理戦・サイバー戦を併せた総攻撃で反撃する可能性がある、という強烈なメッセージだ。

マドリードで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議の集合写真(スペイン・マドリード)
写真=AFP/時事通信フォト
マドリードで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議の集合写真(スペイン・マドリード)

NATOは6月にこの姿勢を強調する以前にも、サイバー攻撃が条約5条の発動要因になり得るという一貫した立場を示してきた。ロイターは3月の時点で、NATO当局者による発言として、「加盟国はまた、重大かつ悪意あるサイバー攻撃が繰り返し発生した場合、状況によっては、武力攻撃とみなす可能性がある」との見解を報じている。

「水道から毒水が出た」生活インフラを破壊する攻撃事例

サイバー攻撃の影響は、決して仮想世界の出来事にとどまらない。被害国の国民生活を破壊するおそれがある、重大な攻撃だ。プーチンが欧州への攻撃を決断すれば、電子世界を通じて生活インフラを破壊することも不可能ではない。

英シンクタンクのヨーロピアン・リーダーシップ・ネットワークは、サイバー攻撃を通じて水道水が汚染された他国の事例を取り上げている。2020年の夏、イランはイスラエルの水処理施設をハッキングし、一般家庭に供給される水道水に過剰な塩素を投入した。記事は「蛇口を毒薬の注ぎ口へと変えた」事例だと表現している。

サイバー攻撃は、ウクライナ侵攻に関連しても発生している。2月の侵攻直前にロシアは、欧州ユーテルサット社が所有し米ヴィアサット社が運用する「KA-SAT」衛星通信網に攻撃を加え、欧州での衛星通信を一部遮断した。