“十戒”に従って実行、「スピードは儲かる」

日本で、小林と奥川が顔を突き合わせて喧々諤々の議論をしている頃、露木滋(現三菱ケミカルHD専務執行役員)は、三菱化学本社の情報電子本部から米国のバーベイタム社長として送り込まれていた。露木は月一回の帰国のたびに、小林にレポートを提出し、バーベイタムの経営の現状と、日本の本社が同社の経営をグリップできていない惨状を訴えていた。

バーベイタムは台湾、インドでOEM(相手先ブランドによる製造)を行っていたが、製造された商品は、親会社の三菱化学が購入後、子会社の化学メディアに転売され、化学メディアが市場で販売していた。親会社がフィーを取るのだから、当然、商品の販売価格が上がる。台湾メーカーに負けて、子会社の赤字が膨らむのも、こんな不合理、非生産的な行為が平然と行われていたためだった。さらにOEM先が、ソニーなどのライバル社に、化学メディアよりも商品を安く販売しているケースも、放置されていた。

このような状況に対して、小林の“怒り”は頂点に達した。奥川や露木らは小林が定めた“十戒”を着実に実行することで、悪しき仕組みを変えていった。見逃され、垂れ流されていた“赤字”の蛇口を次々と閉めていったのだ。

奥川が「忘れもしない」と振り返った年がある。01年10月で、月次の利益が黒字に転換。そして“十戒”に従って実行するたびごとに、状況は目を見張るほど改善していき、4~5年はかかるといわれた難題を、半年足らずで解決したのだ。そして小林たちは実感した。「スピードは儲かる」と。

この頃、小林は、こんな言葉を何度となく社員たちに投げかけていた。「アジリティー」(agility)と、「トランスペアレンシー」(transparency)だ。

アジリティーとは英語で“素早さ”“俊敏さ”、トランスペアレンシーは“透明性”を意味する。この2つの言葉以外に計6つの言葉が、小林がケミカルHD社長に就任後に掲げた“APTSIS10”へと結実され、現在は11年から15年度の中期経営計画である“APTSIS15”にも継承されている。

(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(川本聖哉=撮影)