ツンデレオプションで気が付いた真実

こうして私のメイド喫茶巡りが始まり、運命のあの日がやってきた。当時、「妹カフェ」という場所があり、そこでは500円追加すれば「ツンデレオプション」がつけられた。500円を対価に、冷たい言葉で冷遇されるばかりか、ナプキンを投げつけられたり、ストローに切れ目を入れられたり、トイレから帰ってくるとぬいぐるみが置かれていて座れなくなったりと、誰得な特別な体験をさせてもらえる。

しかし、そこで閃いてしまった。「メイドは女性的である」という前提が間違っている!

メイドには「萌えメイド」と「ツンメイド」がいるのだ。だとすれば本当に検証するべき仮説は、「萌えメイド」=「共鳴音」、「ツンメイド」=「阻害音」だったのだ。この閃きの瞬間のエピソードは、ツイッターのbotで定期的につぶやいていて、時々バズる。

さて、もうそのころにはすっかり秋葉原のメイドさんたちと仲良くなっていた。しかし、それでもメイドさん全員に「貴女の名前を教えてください。ところで、貴女は萌え系ですか、ツン系ですか?」と聞くほど心理的距離が近くはなかったので、実験をすることにした。

川原繁人『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)
川原繁人『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)

「ソタカ」のような阻害音に溢れる名前と、「ヨモナ」のような共鳴音に溢れる名前をたくさん用意し、秋葉原で働くメイドさん10人に聞いてみた。どっちが「萌えメイド」でどっちが「ツンメイド」ですか?

実験の結果、「共鳴音名=萌えメイド」「阻害音名=ツンメイド」という傾向が観察された。

それだけでなく、「ラ行が萌えっぽい」とか、「サ行がツンっぽい」という具体的な声まで聞くことができた。また、のちに行った別の実験で、メイドさんだけでなく、メイド文化に聡くない日本人、はたまた英語話者まで同じ感覚を持つこともわかってきた。

この実験を行ったのは2012年のことだ。しかし、2019年に思わぬ発展を見せることになる。とある番組のディレクターが私の論文を発見し、番組で取り上げてくれるというのだ。しかも現地ロケ。「あっとほぉ~むカフェ」を貸し切りにして、メイドさんたちをその場で「萌え系」と「ツン系」に分け、名前を分析させてもらった。

リハーサルなしに、一発取りで実験。結果は私の仮説通りで、「ゆにゃ」さんは「萌え系」で、「かしま」さんは「ツン系」だった。

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