「ポケモン言語学」という研究分野がある。慶應義塾大学言語文化研究所の川原繁人教授は「ポケモンを遊ぶ人たちには『進化するほど濁音が増える』という連想が働く。これは、日本語話者だけでなく、英語・ポルトガル語・ロシア語でも成り立つことがわかっている。ポケモンの名前を分析することで、言語起源の謎が解き明かせるかもしれない」という――。

※本稿は、川原繁人『フリースタイル言語学』(大和書房)の一部を再編集したものです。

ピカチュウ勃発!2018
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学会で議論を禁じられた「言語の起源」という巨大な謎

言語学の世界に立ちはだかるスフィンクスがいる。そのスフィンクスが投げかける謎とは、「ヒトという種は、言語を獲得する前に、どのように意思疎通を行っていたのか」というものだ。この問題については、現在、上の娘も興味を持っている。

【娘】言葉ができる前って、言葉もないのに、物の名前をどうやって決めたの?

【私】それがわかったら、一緒に論文書こうねー。ノーベル賞もらおうねー。

という会話がお風呂の中で繰り広げられた。実は、この言語の起源に関する問題は言語学の根本的な問題のひとつであるにもかかわらず、答えを出すのが難しく、19世紀にはフランスの言語学会が、この問題について議論すること自体を禁止したほどだ。「言語学者が論じるのを禁じられたら、誰が論じるんだっ!?」と突っ込みたくもなるが、議論自体が難しいのも事実である。ドラえもんにタイムマシンを借りられれば、一発で解決なんだけど。

この難題だが、近年では古生物学者によって、ヒトがどれくらいの時期にどのような生活様式を始めたのかが、そして心理学者によって、赤ん坊がどのような過程を経て言語を習得するのかが明らかになってきた。

また動物学者によって、ヒトと他の霊長類との口腔などの構造的な違いが詳細に解明されてきている。これらの知見を統合すると、おそらくヒトの言語(らしきもの)は、だいたい5万年から200万年ほど前に生まれたのではないかとされている。かつてのパンドラの箱は少なくとも触れてはいけない箱ではなくなった。