「濁音=大きい=進化後」は大人も子ども共通した感覚だった

そして、スライドを持ってきてくれた例の彼は、ポケモン大好き人間だった。「もっと研究したいです!」。現在の女子大学生の多くがプリキュアで人生を学んだように、彼もポケモンの第一世代とともに育ったのである。ということで、共同研究が始まった。

彼と取り組んだ次なる問題は、この音象徴は、ポケモン制作者だけが持つ感覚なのか、それとも日本語話者一般が共有する感覚なのか、という問題である。この疑問に答えるために、以下のような実験を行った。

まずは、実際には存在しないオリジナルポケモン(通称オリポケ)の絵をネット上の絵師さんからお借りした。そして、「進化前」「進化後」の絵のペアと、実際には存在しない名前のペア(例:「ヒフロ」「ドマナ」)を提示する。日本語話者に、どちらの名前がどちらのポケモンに相応しいか判断してもらうと、「濁音が含まれる名前=進化後」という回答が多く得られた。

また、私は妻を介して子どもの言語習得を専門とするチームとつながりがあったので、同様の実験を小学校に上がる前の子どもたちも対象にして試みた。この結果、子どもたちにも大人と同じような傾向が観察された。つまり「濁音=大きい=進化後」という連想は、大人も子どももなく、共通して持つ感覚なのだ。ポケモン制作者は、この共有された感覚を上手く使ってポケモンの属性を表現しているのだろう。

濁音を発音するとき、ヒトの口の中は大きくなる

このポケモン研究で得られた洞察を、先ほど紹介した声色研究の文脈で再解釈してみよう。濁音はどのように「対象(=大きさ)を模している」のだろうか。簡略化して言うと、濁音を発音する時、我々の口の中は文字通り「大きく」なっている。例えば、「バ行」の子音である[b]を例にとってみよう。[b]を発音する時には、両唇が閉じて、口の中は閉じられた空間になる。

また、[b]を発音する時、喉の中にある「声帯」を振動させる必要がある。そして、声帯振動は肺から口の中に空気を流すことで起こるのだ。つまり、濁音の発音のためには、「口を閉じる」必要がある一方、「口の中に空気を流し込む」必要もある。閉じた口の中に空気が流れ込むと、結果として口の中が膨張するのは自然の理である。風船に息を吹き込んだら膨らむのと原理は同じ。

[isi]と[izi]と発音した時、子音部分で咽頭(喉の奥)付近の形状がどれだけ異なるかをMRIで撮影したもので見ると、濁音である[z]を発音する時に、咽頭付近が大きく膨らんでいるのがわかる。つまり、発音上「濁音=口の中が広がる」わけだから、「濁音」は「大きさ」を模しているというのは音声学的にも理にかなっている。