人間の脳は、ある言葉を知らなくても、音の響きだけで、共通のイメージをもつ性質がある。慶應義塾大学言語文化研究所の川原繁人教授は「われわれが普段使う言葉は、丸い印象を持つ音と角ばった印象を受ける音の2つに分けられる。このため、たとえばサンリオのキキとララを知らなくても、キキは男の子、ララは女の子と推測できる」という――。

※本稿は、川原繁人『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)の一部を再編集したものです。

マネキンの頭部から出るカラフルな文字
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音声学者が娘の名前に「やよい」を推したワケ

今回のお話には、タイムマシンがあると便利なので、あらかじめレンタルしておいた。まずは、2014年の年末まで時を遡ろう。

あの頃、家族は私と妻だけだった。妻のお腹の中に娘はいたが、名前はまだない。夕食後、真剣な家族会議が開かれていた。議題は「娘の命名について」である。夫婦で話し合い、親族からの意見を取り入れながら慎重に議論が進む。我が子の一生を決めるかもしれない大事な決断だ。

会議の前に20ほど候補が挙げられていたが、議論を経て少しずつ候補が削られていく。しかし、却下されたはずの名前がいつのまにか復活していたりして、なかなか先に進まない。1回で結論が出るはずもなく、何度となく会議は開催された。私が選んだ最終候補は「やよい」ちゃんである。私は、この名前が音声学的に魅力的であることを知っていた。

ついに妊娠生活も佳境を迎え、妻は実家に戻った。私も初めは同行し、妻と義母の前で堂々とプレゼンした。

:「やよい」は(音声学的に)魅力的な名前です‼
妻と義母:なんだか、頼りない名前だね。

自信満々のプレゼンもむなしく却下とあいなった。そして、実際についた名前は「咲月(さつき)」である。これも素晴らしい名前だ。しかし、純粋に音声学的な観点からは、少し気になることもあったのだ……。音声学的にはね。