父親代わりの叔父
母親が実家に戻ったとき、祖父は要介護5の寝たきり状態で、祖母は市原さんたちの世話までする余裕はない。母親は7人きょうだいの上から2番目。1番下の妹は母親よりひと回りも年下で、実家から仕事に行っていた。子供嫌いな叔母は、市原さんと弟が騒ぐと、あからさまに嫌な顔をする。市原さんたちは肩身の狭い思いをして過ごし、2年の月日が流れた。
当時39歳の母親は、資格も職歴もない。数カ月ほど求職活動をして、ようやく事務員の職を得た。そしてある日、市原さんは母親に、6畳一間の古いアパートに連れて行かれた。
「こんな汚いアパートだけど、ここで3人で住もうと思うの」
母親は申し訳なさそうに言ったが、「お母さんと一緒にいられたら、それだけで嬉しいよ。お部屋が一つなら、ずっとそばにいられるよね?」と市原さんが言うと、母親は娘を抱きしめて泣いた。
母親が、「アパートを借りて住もうと思う」と話すと、祖母は、「娘が近所で貧乏暮らしをするなんて、世間体が悪い」と眉をひそめた。
すると、それを知った叔父が、「俺が姉ちゃんに新しい家を買ってやる!」と言い出した。
母親のきょうだいのうち、一番上の姉とすぐ下の妹・弟が、結婚後も実家の近所に住んでいたのだが、母親のすぐ下の弟=市原さんの叔父は、高卒で建設会社に就職すると、まじめな働きぶりが買われ、若くして副社長に抜擢。そのため経済的に豊かだったようだ。叔父は結婚後、子供に恵まれなかったせいもあり、父親のいない市原さんや弟をわが子のようにかわいがってくれていた。
当時36歳の叔父は、自分の家を購入したばかり。母親は恐縮しながらも、一度言い出したら聞かない弟の性格を知っていたため、最終的には申し出を受け入れた。
「叔父の奥さんも、よくぞ許してくれたと思います。本当に感謝です。叔父は私たち家族に新しい家とともに、周りに気を使わずに暮らせる安心感と、普通の生活を提供してくれました」
家は、母親の実家と叔父の家のちょうど中間あたりに購入。市原さんは叔父を信頼して、困ったことがあれば何でも相談し、叔父は市原さんと弟を大学まで行かせてくれた。