盗まれた自転車を駅前で発見しても、乗って帰ってはいけない。たとえ自分の自転車でも、勝手に乗って帰れば罪に問われる恐れがあるからだ。

なぜ自分のものを取り返すことが罪になるのか。アディーレ法律事務所の篠田恵里香弁護士は次のように解説する。

「自転車の所有権は自分にありますが、一時的に他の誰かに占有されている(事実上、支配下に置かれている)状態。他人が占有しているものは他人の財物とみなされるため(刑法242条)、勝手に持ち帰れば窃盗罪になります」

とはいえ、もともと悪いのは自転車を盗んだ相手である。奪われたものを元の状態に戻すのは正当な行為であり、文句を言われる筋合いはない気もする。どうも釈然としないが、篠田弁護士は「侵害された権利の守り方が問題なのです」と解説する。

「民法で所有権は万能といわれ、立場的には占有権より上です。しかし、侵害された所有権を守るためには、法的な手続きを踏んで対処する必要があります。自分で実力を行使して権利回復する行為は“自力救済”と呼ばれ、原則的に認められていません。場合によっては刑事事件になったり、相手から損害賠償を求められる可能性もあります」

たとえば、自転車を友人に1週間の約束で貸したが、期限がきても返しにこない場合。取り返しにいくと、友人は「1カ月の約束だった」と主張したとしよう。このとき自力救済を許すとどうなるか。友人の主張が正しいのに自転車を持ち帰ったら、友人は不当に不利益を被ることになる。一方的な主張にもとづく実力行使を許せば、力のあるものが幅を利かせる世の中になりかねない。だから、自力救済は許されないとされているのだ。