人間の一生は80年、がん細胞の一生は20年

体の中にがんが見つかると人によっては数年で亡くなってしまうので、がんの寿命は短いという印象がありますが、1個のがん細胞が誕生してから、見つかる1gぐらいの大きさになるまでに約20年かかることがわかってきました。この20年という数字は、細胞分裂からも職業がん(ある職業に就いている者に多発するがん)からも証明されています。細胞分裂は30回で1gになるのですが、計算すると約20年かかります。また、ある種の発がん物質が体に入ってから20年以上たってがんになった例もこれを証明しています。

菅沼安嬉子『私が教えた 慶應女子高の保健授業 家庭で使える大人の教養医学』(世界文化社)
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第二次世界大戦の時、日本軍はひそかにマスタードガスという毒ガスを製造していました。これはずっと秘密にされてきましたが、携わった人たちの名簿は残っていて、20年後から肺がん、胃がんが多発したので研究者の間で有名になりました。マスタードガスはその後、製造を中止しましたが、何かに使えないかと化学者が構造をいじくっているうちにナイトロジェン・マスタードという抗がん剤として生まれ変わりました。しかし毒性は強いので、毒をもって毒を制する類の治療法ではあります。

戦争中と戦後によく使われた血管造影剤トロトラストも、20年以上たって肝がんや胃がんを多発させました。戦争で負傷した人の足を切断するかどうか決めるために、血管に注入してレントゲン写真を撮り、血流があるかどうか調べるのにたくさん使われたのです。当時は医師たちも知らなかったので仕方がなかったのですが、治してもらおうと受けた医療でがんになってしまいました。

放射線に発がん作用があることは今では有名ですが、はじめのうちはわからなくて、足の水虫に照射したりしていました。もちろん水虫は全くきれいに治りましたが、20年後にその部位に皮膚がんが発生して中止されました。

強い被爆は「がん」の発生を早める

広島・長崎に原爆が投下された時、当然影響は予測されたので、詳細に被爆者達の追跡調査がされました。白血球のがんである白血病は早く、5年後から始まり、固形がん(白血病以外の塊を作るがん)はやはり20年後から増えました。しかし、1986年に起こったチェルノブイリの原子力発電所の事故ではあまりに強い被爆で、子供たちは9カ月目から白血病が出始め、甲状腺がんも2年で発生しています。

人の一生は約80年です。20年は4分の1にあたりますが、ネズミの実験でも同じことがいえるそうです。ネズミの寿命は約2年ですが、実験的にがんを作ると約半年ほどで死んでしまうそうで、やはり4分の1といえるようです。

がん細胞の分裂回数
図表=筆者提供