東京芸大音楽学部からなぜ三井不動産へ

こうした採用方針の変化の一環で、21年に新卒入社したのが東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科を卒業した山碕桜さんだ。専攻はアートプロデュースで、ゼミでは自治体が主催する音楽イベントの企画立案から、参加者募集、アーティストとの調整役も担っていた。

「千住キャンパスがある足立区のシティプロモーション課主催のアートプロジェクト『音まち千住の縁』の学生スタッフとして駆け回りました。アートや音楽を通して街の交流を深めるというのが目的です。イベントでは、『千住の1010人』という企画で世界中からプロアマ問わずミュージシャンを集め、Zoomでの合奏を成功させました」(山碕さん)

「プレジデントFamily2022春号」より
  

幼少期にバレエ、中高時代にジュニアオーケストラと音楽活動に打ち込んできた山碕さん。

「音楽イベント当日の高揚感、裏方の仕事のやりがいを肌で感じていました。高3のとき進路で社会学系の学部と悩んでいたのですが、音楽と社会のつながりをつくりたいと思い、東京藝大に進学しました」

自治体とアーティスト、異なる性質を持つ人々の懸け橋になった経験が今の仕事にも生きているという。

「大学時代の活動で、異なる意見をすり合わせる調整能力はかなり鍛えられたと思います。たとえば、イベントを主催する自治体としては“人を集めることが街のにぎわいにつながる”という考え方で、『○○人集めれば成功』というような数値目標があります。対してアーティストの方々は、人の集まりよりも芸術として発展があったかどうかというイベントの意味合いを重視します。方向性の違う価値観を持つ人たちの間に立って、双方に掛け合うことでイベントを成功させる努力が常に求められていたと思います」

そんな山碕さんを見て川瀬さんはこう評価する。

「当初は社内に“芸大卒って、どんな人が来るんだろう”という不安の声もありましたが、ロジカルな彼女の考え方や説明をする姿に、そのような声はなくなりました。我々の業種は地権者、ゼネコンや設計会社などさまざまな立場の方々の意見を調整しながら進めていく必要があり、そのなかで彼女の高い調整能力は必ず役に立つと考えています」

また、視点が他の学生と異なる点も大きかったようだ。

「例えば街づくりの課題を与えたときに、他の方たちがすぐに問題解決に取り組む中で、山碕は“なぜその問題を提示されているのか”を一回立ち止まって考えるんですね。弊社に新しい発想や視点を与えてくれると感じます」(川瀬さん)

山碕さんが所属するのは、都心部の大型オフィスビルの開発部門だ。

「街のコンセプトを考え、それを具現化し、設計、建物の竣工、オープニングイベントの企画・運営までを取り仕切る部署です。オープニングイベントであれば、どんなイベントにして、誰を呼べばよいかといった提案ができますし、新しい視点としてアートを取り入れることで、社の企画の幅を広げることに貢献できたらと考えています」(山碕さん)

同社に山碕さんが応募したきっかけは、音楽系大学専門採用サイトのリクルーターだったという。

「全然縁のない世界だったので、リクルーターの方に“あなたがやってきたことってディベロッパー向きかも”と言われなかったら、応募していなかったと思います。『芸術系大学だから大手企業は向いていない』と思わずに可能性を広くとらえてほしいですね。大学で学んだことは、思っている以上に社会で必要とされていると思います」(山碕さん)