アート系の採用は公務員の世界にも

アート系大学の卒業生に高い期待を寄せるのは民間企業だけではない。神戸市役所は19年度から「デザイン・クリエイティブ枠」と銘打った採用枠を設け、芸術系の大学・高専・短大の卒業生に門戸を広げており、市外出身者でも受験可能だ。

「プレジデントFamily2022春号」より
  

神戸市人事委員会の三原涼太さんは次のように語る。

「神戸市は“住み続けたくなるまち、訪れたくなるまち、変化し続けるまち”を目指して、中心市街地の再整備など都市の価値を上げるプロジェクトを手掛けています。市民の方や関係者との話し合いのなかで、法律や経済を学んできた職員ばかりでは柔軟で新しいアイデアが生まれにくい。そこで魅力あるアート系の人材にフォーカスしたデザイン・クリエイティブ採用制度を3年前にスタートさせました。芸術的なスキルではなく、作品制作を通して培った創造性や実行力、デザイン的な思考力をより広い領域で発揮してもらいたいという思いがあります」

デザイン・クリエイティブ枠採用の1期生(20年卒)の一人、西山伽生さんは高校時代からユニバーサルデザインに関心を寄せ、工業デザインに強みを持つ浜松市の静岡文化芸術大学に進学した。

「高校生の頃に、年齢やハンディキャップの有無にかかわらず使えるように設計されたユニバーサルデザインのグッズが、格好良くデザインされているのを美術の資料集で見てから、こういうものを作りたいと感じるようになり、芸術系の大学を受けようと考えるようになりました」

もともと絵は得意ではなかったと西山さん。

「アートは本当にうまい人たちがたくさんいるので、自分はデザインで勝負しようと思ったんです」

大学ではデザイン学科でインタラクション領域を専攻した。インタラクション領域とは、人とモノの相互作用に着目し、さまざまな角度からの総合的なアプローチを学ぶ分野だ。作品を見る自分の影が作品の一部になったり、鑑賞者がモニターの前で動くと画面の様子が変わったりといった参加型の作品で、鑑賞者を楽しませたり、考えさせたりするような手法が多い。

「学生時代は“未来のキッチンを考えなさい”とか“20年使える家電を考えなさい”といった課題を与えられ、それに対して“何があったら便利なのか”“多くの人が課題として抱えているものは何か”“似た商品がすでにないか”などを考えて、家電量販店やメーカーサイトなどで情報収集をし、解決につながる作品を提出するという制作活動を繰り返しました。この過程で与えられた課題を具体化したり、視点を変えて考え直したりしながら、問題解決に向かうアプローチを学びました」

同大学からは、自動車メーカーや電子機器メーカーの工業デザイン部署、住宅メーカーの空間デザイン部署に就職する学生が多いという。

「私は就職活動で関西に帰りたいと考えていたときに、親から『神戸市役所が美大卒を募集しているよ』と教えられ採用試験を受けました」

現在は中央区役所まちづくり課で、イベントの企画やその宣伝パンフレットの作成といった業務に従事している。

「今はまだ2年目の新人ですが、自分が学んできた、相手が何を求めているかをくみ上げ、解決策を提示するという『デザイン的な考え方』を市政にも少しずつ根付かせていけたらいいなと思っています」

デザイン・クリエイティブ枠はこれまでに12人が採用され、主にまちづくりの部署や広報、芸術文化、観光振興などの部署に配属されている。採用枠の認知度が上がり、受験者数も増加しているそうだ。

「彼らは面接でも大学時代にやってきたことについて、ポートフォリオなどを見せながら自信を持って語ってくれます」(三原さん)

デザインや芸術を学んできたという視点の新しさもさることながら、そういった何かに打ち込んできた経験も彼ら、彼女らにとって貴重な財産と言えるのかもしれない。

●三井不動産
東京藝術大学音楽学部卒
山碕 桜さん
自治体と共同でアートプロジェクトの企画立案を行うゼミにいた山碕さん。下の写真は世界だじゃれ音Line音楽祭の一幕。身近なものを使って、さまざまな合奏を楽しむ参加型イベントで、作曲家・野村誠さんや足立区などと共同で行われた。
●神戸市役所
静岡文化芸術大学卒
西山伽生さん
西山さんの卒業制作“通勤をサポートする託児電車の提案”。多くの電車は通勤・通学をする人に最適化しているが、子育て世代の移動の負担を減らす車両を提案。大学では「どんなものを作ると、社会にとって便利か」を考える課題が多かったという。
(文=小林将悟、土居雅美 撮影=森本真哉)
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