お互いの立場を守るいい機会だった
これまで述べたように、ジョンソン首相はパーティーゲート事件をめぐり、辞任の瀬戸際に立たされてきた。ロシアのウクライナ侵攻がなければ、首相の辞任要求は保守党内からも湧き上がり、沸点を超えていたかもしれない。あるいは侵攻が起きた頃、英国は臨時首相がかろうじて政権運営するという外交的に厳しい立場に立たされていた可能性もある。何とかして国民の支持を取り戻さなければ――そんな思惑がジョンソン首相にあったのではないか。
今回のウクライナ侵攻は英国が直接関与している戦いではないし、まして「クレムリンの上に英国旗を掲げたら終わり」という状況が期待されているわけでもない。だが、ロシアに数々の制裁を科している英国で政権交代が起きては、ゼレンスキー大統領にとってもたまったものではない。ガーディアン紙が指摘するように、キーウの電撃訪問はお互いの立場を守るいい機会だったのだ。
こうした状況についてガーディアンは、ジョンソン首相が「ウクライナ危機に重要人物として登場する可能性はまだある」としながらも、「国外で現地の人々から受ける歓声は、危険なほど魅力的で、はかないものになる」と指摘。その上で「戦争は認識と視点を変える」という示唆に富む一言が添えられている。
ヒーローになってこれまでの失態を「白紙清算」したい?
実際、英国内では「戦争を止めに行くより、物価上昇を止めてほしい」という声が庶民から上がる一方で、「いやいや、首相がウクライナまで行って戦争を止めれば、いずれ物価上昇も止まる」と英国の軍事的プレゼンスを期待する向きも出てきた。ジョンソン首相は今後、国内世論とはまったく異なるアプローチでいきなり世界的なヒーローとなり、これまでの失態をすべて「白紙清算」するつもりかもしれない。
ロンドン市長時代からジョンソン氏のファンだという男性は「本来なら潔く辞めるべきだが、ウクライナ危機と物価高騰という課題が大きな壁となっている今、新首相の選出で政治的空白を作るくらいなら、ボリスと心中してもいい。現在の危機は、戦後の英国史上、最悪の状況かもしれないのだから」と熱っぽく語った。
だが、ジョンソン首相に対する疑念に白黒を付ける時は刻一刻と近づいている。
英国下院は21日、同首相が議会で”ウソ”をついたか否か調べる動議を承認。院内の特権委員会に調査を委ねることとなった。この動議では、与党・保守党議員の一部も賛成に回ったことから、退陣への圧力がより強くなったという見方もできよう。
第2次大戦末期に英国をナチズムから救ったウィンストン・チャーチル元首相をジョンソン首相はこよなく敬愛している。コロナ禍を「これは戦争だ」と言い続けたジョンソン首相は、本物の戦争に直面する中、どう立ち回るつもりなのか。