「怒り」や「恐怖」は人間が生き残るための脳の生存戦略
「生まれて初めて息を吸ってから、人生最後の吐息の瞬間まで、あなたの脳はたったひとつの問いに応えようとしている。それは『今、どうすればいい?』という問いだ」
これは、「2021年1番売れた本」として話題となったアンデシュ・ハンセン著『スマホ脳』(久山葉子訳、新潮新書)の一節だ。同書では、人がなぜ感情を抱くのか、そのメカニズムを進化論的に極めてわかりやすく説明している。
その昔、人はさまざまな脅威に晒されていた。自分たちを襲う野生の肉食動物たちに狙われながら、餓死しないよう食べ物を探して集団で絶えず移動しながら生活をしていた。もちろん、安全を脅かすものは肉食動物だけではない。天候や自然災害、伝染病などの多様なリスクに晒されながら、常に「どのようにして生き延びるか」を最優先して生きてきた。
そのような環境では、「恐怖」「ストレス」「怒り」といったネガティブな感情が大いに役に立った。草むらに隠れたライオンを目にしたときに感じる「恐怖」という感情があるからこそ、危険を察知することができ、身体が逃げることを選択できるのだ。
つまり感情とは、単なる「現状の感想」ではなく、危険を回避するためのツールの一つだった。生きるために「今、どうすればいい?」という問いに応えるべく、脳が構築した戦略装置だったのだ。
感情は本能だがコントロールできないと日常生活に支障が出る
感情が発生するときの脳のメカニズムを、少し詳しく見てみよう。
まず、「怒り」や「恐怖」などのネガティブな感情は、脳内の「偏桃体」という場所で発生する。偏桃体とは、マイナスの情動に深く関わる感情の中枢だ。偏桃体が感情を察知したとき、「ファイト・オア・フライト(戦うか逃げるか)反応」と呼ばれる反応が起こる。これは、人間をはじめあらゆる生物が持つ、恐怖と対峙したときに起こる身体的現象だ。
このモードに入ると交感神経が優位になり、脈拍や血圧が上がり、アドレナリンが分泌される。アドレナリンは「闘うホルモン」とも呼ばれ、神経を興奮させる働きがある。怒っている人の顔が赤くなったり、声や手が震えたりしているのは、ファイト・オア・フライト反応が起きている証拠だ。「戦うか逃げるか」して生き延びるために、身体が戦闘モードに切り替わるのである。
生き延びるためにあらゆる危機を捉え、ネガティブな感情を発する偏桃体は、しばしば「生命の火災報知器」のようなものだと言われる。いずれにせよ、「怒り」をはじめとするさまざまな感情は、古来人間に備わる本能そのものであるため、自分では制御できない。
冒頭の「誰が怒っているのか?」の質問に厳密に答えるなら、「私の脳の偏桃体が怒っている」ということになるのだ。ただし、いくら感情が本能とはいえ、現代社会で本能のままに身をまかせていたら正常に暮らすことができない。コンビニのレジに行列ができているからといって怒りを爆発させていたら、通報されるのがオチだ。
そこで機能するのが、脳の「大脳新皮質」である。