フォトグラファーは「表情引き出し係」である
だから自然な笑顔の写真を撮るには、そのきっかけが少なくとも必要だ。つまり、一部の例外を除けば、フォトグラファーがその笑顔をつくり出すことになる。フォトグラファーは「表情引き出し係」である、というのが私の持論だ。
写真の技術を抜きにしたら、これに尽きる。違う言い方をすれば、技術は簡単に学ぶことができるが、表情を引き出すことは残念ながらそう簡単に学ぶことができない。ポートレートの撮影に関して、少なくとも私はこのように考えている。
人は「笑って」と言われたからといって、そう簡単に笑えるものではない。表情は実に正直なのだ。何より自然な笑顔ではない。本来、表情とはあくまで感情、理由があっての結果だからだ。それらがないのに表情をつくることを人は苦痛と感じる。それが、たとえ愛想笑いであっても理由が存在するように。
撮影対象者の笑顔を引き出すために必要なこと
では、どんなふうにして笑顔を引き出せばいいのか。笑顔になる感情の動きや理由をつくればいい。私が考えるのは少しばかり抽象的だが、かなり有効だと考えている。撮影者が恥ずかしい存在になることだ。それが相手を笑顔にさせる第一歩になる。
さきほどと同じく撮影される側から考えてみてほしい。写真を撮られるのが好きな人ももちろんいるが、恥ずかしさが邪魔することがあるだろう。特に一対一の撮影だと照れも含めたそれが先に立つ場合が多い。
そこには、撮られる側の自意識が大きく関係している。その意識がやっかいだ。少しでもきれいに撮られたい、格好よく見えているかな、お化粧は大丈夫かな、風が吹いて髪が乱れたから鏡を見たいな……といった感情が複雑に絡んでくる。
カメラを通して、自分の顔や姿を凝視されることへの抵抗感もあるだろう。いってみれば自意識の肥大化はしごく当然の反応といえる。とにかく、写真を撮られることは恥ずかしい。
だったら、写真を撮る側がその恥ずかしさを消せばいい。完全に消すことができないとしても、軽減することはできるだろう。
そのためには撮られる側より撮る側が恥ずかしい存在になる、というのが私の方法だ。撮られる側の恥ずかしさを、撮る側の恥ずかしさによって消すのだ。私はこれを「セブン‐イレブンのコーヒー作戦」と呼んでいる。
セブン‐イレブンのコーヒー作戦の中身
俳優やタレントとは初対面の場合が多い。まず自分の名前を名乗って挨拶する。その後で実際に撮り始めるのだが、撮り始めて少ししたところで、手を止めて次のように口にしてみる。
「あのう……唐突なんですが、セブン‐イレブンのコーヒーとファミリーマートのコーヒー、どっちが好きですか?」
大抵の場合、相手は、
「はぁ?」
と怪訝な顔をする。当然だ。