切羽詰まった頼朝の心境
石橋山の戦いの後には房総の上総広常が2万騎を率いて味方になった、などという事態になりますが、この数字はまあオーバーですね。盛りすぎです。リアル・ベースで話をすると、このころ「○○国にその人あり」と知られる有力武士は、300くらいの兵を養っていただろう、とぼくは考えています。
兵数の問題はそのうちに詳述しますが、その有力武士は例えば相模の三浦や大庭、武蔵の比企や河越、下総の千葉等々。伊豆の伊東もその一つ。でも、北条は50。当然、この家の規模はたいしたことはなかったと思います。
こうした状況を踏まえると、政子さんは決して「お姫さま」とか深窓の令嬢といった存在ではない。高貴な女性にふさわしい「政子」という名前も生来のものではあり得ない。ひょっとすると土いじりをして、農耕のまねごとくらいしていたかもしれない。そんな彼女に頼朝から恋文が届く。やはり頼朝は、相当に切羽詰まっていたのでしょう。
妹の夢を買って異例の大出世
『曽我物語』(「十行古活字本」)には、北条政子が夢を買った話が収録されています。
まだ頼朝と結ばれる以前のある日、「お姉ちゃん、妙な夢を見たんだけど」と妹が政子に相談を持ちかけてきたのだそうです。高い山に登って着物のたもとに太陽と月が入った。頭の上には三つの橘の実がついた枝があった……。
政子は直感的に、それは途方もない吉夢だ、と判断しました。そこで何食わぬ顔で、妹にもちかけます。
「それはねえ、ものすごく悪い夢に違いない。そのままにしていたら、あなたの身にはきっと不幸が訪れる。だからお姉ちゃんがその夢を買ってあげましょう……。さあ、これでもう、あなたは大丈夫」。彼女は妹に自身の鏡を与え、首尾よく夢を買い取りました。
同書によると、はじめ頼朝は政子の妹を狙っていたようです。しかし、家来の藤九郎が一計を案じ、頼朝のラブレターは政子に届けられました。二人はすぐに恋仲となり、やがては尼将軍へと上り詰めた、というわけです。20歳を超えても未婚だった政子は、当時では異例の女性でした。夢買いのエピソードには、小豪族の娘に過ぎない政子が源氏の御曹司と結ばれた幸運な様を示しているようです。
他人が見た夢を買う――。古い時代には、そうしたことがあったようです。『宇治拾遺物語』には、律令国家を築いた立役者の一人、吉備真備のエピソードが紹介されています。