母親のあざ

一人っ子の中野さんは、月に1〜2回出張があるタイミングで、仙台に母親の家を訪問していた。

父親は、1993年ごろに脳溢血で倒れてから、約10年間寝たきりで、母親が在宅で介護。しかし、2003年ごろにクモ膜下出血を起こし、70代で逝去。父親が生前に親戚と不動産関係でトラブルになって以来、付き合いをほぼなくしていた母親は、仙台には頼るあてがなかった。

2013年5月。いつものように出張ついでに母親の家に寄ると、玄関で出迎えてくれた母親の顔に大きなあざが……。びっくりした様子の中野さんを見て母親は、「あんたが心配すると思って電話では言わなかったんだ」と一言。

86歳になっていた母親は、かつて身長約170センチの大柄な父親を、10年もの間、毎日のようにベッドから起こしたり、支えてトイレに連れて行くなどの介助をしたりしていた。そのため腰が90度に曲がってしまい、常に顔が地面を向いている状態に。歳を重ねるごとに歩行に支障が出始め、頻繁に転倒を繰り返す。大きな顔のあざも、転倒によるものだった。

暗い部屋でブラインドにうつるシルエット
写真=iStock.com/Meyer & Meyer
※写真はイメージです

中野さんは、「高齢者が転ぶようになったら、寝たきりになってしまうリスクが一気に高まる。何とか回避しなければ」と頭を悩ませる。

考えた末に中野さんは、同居を視野に入れて、しばらく母親に中野さんの家で暮らしてもらうことにしたが、母親はたった1週間で仙台に帰ってしまった。

なぜなら、中野さんも妻も、平日は仕事で帰宅は夜7時過ぎ。「毎日、3人で一緒に夕餉ゆうげを囲む生活を夢見ていたのに。これじゃあ仙台で1人暮らししているのと同じじゃないの! 私は帰ります!」と母親は言った。中野さんが謝罪をし、説得を試みても、「やっぱり友人の多い仙台は離れがたい」と言われた。

「遠方に1人で暮らす母親を、誰かに見守っていてもらえたら……」と考えた中野さんは、見守りを兼ねて配食弁当を依頼。

ところが数回利用すると、やはり母親から、「私はいつも冷たい、動物の餌を食べさせられている」とキツイ一言が……。

「本人に受け取ってもらわないとダメという、しっかりとした見守りと、ほんの少しですがお喋りをしてくれて、私には様子を報告してくれる良いサービスだったのですが……」

と中野さんは困惑した。