ホテル側もゲストもお互いにフラットでいられる
さすがに何年も勤めているうちに、私は多くの役員の方たちと知己を得るようになった。しかし若いスタッフたちは、相手が誰なのかわからずに接客をしている。あとになって、「あのお客様は、○○の社長だよ」と伝えると、「本当ですか? 全然気が付きませんでした。早くそれを教えてくださいよ」と言われるくらい、横柄な態度をとる人はいない。
もちろん、ホテル側でもゲストに対して公平な接客をするので、相手が社長だからといって特別扱いをするわけではない。こうしたフラットな状態を保てるのも、トヨタの特徴だと思う。
トヨタマンたちは、身内に対してだけでなく、外に向けても謙虚な姿勢を崩さない。そう感じさせる出来事を私は何度か経験したことがある。
トヨタ自動車には1964年入社組で設立された通称「ムシの会」というOB会がある。ありがたいことに、元トヨタ自動車理事の竹馬理一郎さんをはじめ、こちらの会のメンバーの方たちと私は懇意にさせてもらっている。64年入社組の方々は、まさにトヨタを世界の自動車メーカーとして飛躍させた立役者のような存在と言っていい。
「トヨタは欧州車には一生勝てない」
あるとき私は、「ムシの会」の技術者に「トヨタの自動車は世界一ですね」とお話をしたことがある。ご機嫌取りをするつもりではなく、実際にそう思っているから出てきた言葉だった。ところが、彼らは私の意見をすぐに一蹴したのだ。
「馬渕くん、残念ながらそうとは言えないよ。品質、性能、伝統を含めて、トヨタは欧州車には一生勝てないんじゃないかな」
「うちらはとにかく後進だから、相手に追いつくためにはどうしたらいいのか? そればかり考えて、絶え間ない努力とカイゼンの繰り返しだった」
世界には「トヨタ車は欧州車を越えた」と思っている人がたくさんいるはずだ。しかし、実際にそのトヨタ車を作ってきた張本人たちは、いまだに謙虚な気持ちを持ち続け、自分たちが作ってきた自動車が世界一になったとは微塵も思っていない。
ドイツのフォルクスワーゲンを抜き、トヨタは今、世界一の販売台数を誇る自動車メーカーだ。そうであっても、決して天狗にはならないのだ。あのときほど、トヨタマンたちの謙虚さをひしひしと感じたことはなかった。