トヨタグループの運営するホテル「テラス蓼科リゾート&スパ」(長野県茅野市)は、日本唯一の「トヨタグループのホテル」だ。そこではホテル業界の常識を打ち破るユニークなスタイルが貫かれている。なぜそうしたスタイルに至ったのか。元支配人の馬渕博臣氏が解説する――。(第2回)

※本稿は、馬渕博臣『レクサスオーナーに愛されるホテルで学んだ 究極のおもてなし』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

露天風呂
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定着しているサービスをなくすのは、勇気がいる行為

ホテル業のようなサービス業には、これまでずっと根付いてきた“常識”のようなものが多くあり、そこから逸脱するような決断を下すのは難しい。

例えば、テラス蓼科の常識に、温泉・スパ棟でのタオル常備というものがあった。ゲストはわざわざタオルを部屋から持参しなくても温泉を楽しめるというスタイルだった。

だが、裏側の事情を明かすと、このスタイルを維持するためのコストも大きく、ついついタオルを持ち帰ってしまうゲストもいるため、回収にもかなりの手間がかかっていたのだ。

とはいえ、ゲストの利便性を考えてなかなかやり方を変えることができなかった。すでに定着しているサービスをなくすのは、ホテルとしては勇気がいる行為なのだ。

どうするべきか迷っているときにアドバイスをしてくれたのは、上司の細江さんだった。ちなみに細江さんは、トヨタウェイの体現者としてグループ内でよく知られている。

「一度やってみて、ダメならまたすぐに戻せばいい」

その細江さんは次のように提案してくれた。

「トヨタの考え方はね、一度やってみて、ダメならまたすぐに戻せばいいというものだよ。まずはやってみたらいい」

この話を聞いて、私たちは一度、温泉・スパ棟にタオルを常備するのをやめてみた。実際にやってみると、当初予想したような苦情はほとんど出てこなかった。むしろ、タオルの使用を減らすことで環境にも配慮できるので、いいことづくめだった。

朝食券を廃止したのも、同じ考えから出た発想だった。一度やめてみて、問題があれば再開すればいいのだ。

トヨタグループOB・OGの宿泊ゲスト向けに無料の日帰り観光を始めたのも、「とにかくやってみよう」という考え方が後押ししてくれたからだった。2泊3日の予定で来てくれたゲストを飽きさせないために、希望者を募り、マイクロバスで上高地や黒部ダム、桜が有名な高遠たかとおなどにお連れするというプランを立てたのだ。