「自動車メーカーの考えが合うのか」半信半疑だったが…

本書『レクサスオーナーに愛されるホテルで学んだ 究極のおもてなし』は、トヨタグループが長野県蓼科たてしなに作ったホテルを舞台として「顧客へのおもてなしの心」に焦点を当てて書かれたものだ。スーパーバイザーとして私がこのホテルに関わるようになったのは、ホテル開業の2005年のことだった。このとき私は31歳になったばかりであり、世間的に見れば社会人としてまだ未熟さの残る若者にすぎなかった。

そんな私が、スーパーバイザーとして「トヨタのホテル」で仕事をするようになったのは、地元名古屋で中学2年生のころから接客業に携わってきたという経歴が大きく影響している。14歳のころから、実家からほど近いところにあったビジネスホテル内のレストランを皮切りに、串揚げ専門店、寿司店、ホテルなどで働く中で、接客の経験を積み重ねていた。

トヨタグループの保養所として誕生したテラス蓼科には、トヨタイズムが随所に組み込まれている。

サービス業であるホテルの運営に、はたして自動車メーカーの考え方がフィットするのだろうか……。正直なところ、最初のうちは半信半疑の部分もあった。ところが、実際に取り入れてみると、予想に反してうまくいくケースが多く、私は何度も驚かされた。それらのいくつかを掘り下げて紹介していこうと思う。

「デザインよりも機能性重視」はホテルでも同じ

トヨタ自動車には、「創意工夫提案制度」というものがある。これは、職場のカイゼンを促すアイデアを提案すると、1件につき500円の報奨金を受け取れるというものだ。実は、テラス蓼科もこの制度を取り入れている。この制度のいいところは、アルバイトでも正社員でも報奨の対象者になれるところだ。提案が優れていると判断され、特別報奨金として1万円が支給されたケースもあった。

ホテルの環境をカイゼンするための提案は、テラス蓼科を訪れるトヨタマンの方たちからも常に寄せられた。これらの提案をホテル運営に取り入れるという作業は、まさにトヨタイズムとホテル業の融合と言ってよかった。

私が面白いと思ったのは、多くのトヨタマンがデザインや見てくれよりも機能性を重視していたことだ。

ホテルマンとしては、コーヒーカップ1つを例に取っても、デザイン性を重視する傾向がある。ところがトヨタマンたちの視点は違っていた。彼らはデザイン性よりも、使いやすさや安全性を考えて選ぼうとする。

「このコーヒーカップはつかみにくいから、コーヒーをこぼしてしまうリスクが高い」

こんなコメントを寄せてくれるのだ。