目立つ注意書き、お湯のない給水機…ホテルらしくない

館内に表示する注意書きなどについても、考えの違いが浮き彫りになった。ホテル的な感覚では、注意書きはあまり目立たせたくないので、目立つ書体で書くのを控えたい気持ちになる。ところが、トヨタマンは「せっかく注意を促しているのに、これじゃ全然わからないよ」と言うのだ。彼らの話を聞いていると、いかに安全安心を大切にしているのかがよくわかった。

温泉・スパについてのアドバイスもあった。脱衣場には冷たい水とお湯が出てくる給水機を設置していた。ところが、水を飲もうとして誤ってお湯のレバーを押してしまい、やけどをするリスクがあると指摘を受けた。そこで、問題の真因を取り除く視点から、お湯が出る機能そのものをなくしてしまった。

温泉
写真=iStock.com/Gyro
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トヨタマンたちは、何を見るにしても安全安心を第一としている。一方、私たちは心地よさや便利さをどこまでも追い求めて物事を見る傾向がある。これら2つの視点はときに相反するのだが、テラス蓼科では両方のいいところを見極めて、よりよい方法を選ぶようにしていた。

「そこまでしなくても…」と思うところまで配慮

テラス蓼科のレストランにも、やはり安全安心のエッセンスが埋め込まれている。

当初、このレストランの一番の売りは、大きな窓から八ヶ岳が一望できるというものだった。その効果を高めるために、ラウンジスペースとレストランフロアの間に段差をつけて、外の景色を見やすくしていたのだ。

ところが、景色に見とれて段差に気が付かず、転倒してしまう人がいるかもしれないというアドバイスが複数寄せられた。そこで、ここでも安全安心を重視して、思い切ってフロア全体をフラットにした。

改装工事をすると決まったとき、正直なところ、「そこまでしなくてもいいのではないか」と感じる部分もあった。しかし、あとになって、フロアをフラットにしたのは正解だったと思うようになる。

テラス蓼科には、実に幅広い年代層のゲストがやって来る。80代の方もいれば、歩き始めたばかりの幼児もいる。さらに乳児を抱きかかえた若い親世代もやって来るのだ。そうなると、いくら景色がいいからと言って、レストラン内にケガの原因となり得る死角を残しておくのは顧客ファーストではない。

デザインや見栄えばかりに神経を配り続けていたら、「段差は危ない」という見方はなかなかできなかっただろう。

改装工事に関する決裁も運営会社からすぐに下りた。こうした決断に対しては、驚くほどのスピード感を発揮するのもトヨタらしかった。