人生の再スタート

社会人として初めて介護施設で働き始めた山添さんだったが、1カ月で辞めてしまった。対人恐怖症の度合いは減ったものの、壁があったのだ。

「介護の世界では、利用者や同僚と緊密な関係を築かないといけないのですが、私にはそれができませんでした……」

山添さんはしばらく職探しをし、あまり人と接することのない製造業の仕事に就く。1年経って、25歳になった頃、ある程度のお金が貯まってきたところで家を出た。父親は暴力、母親は食事を与えない。そんな“虐待の館”を自ら出たのだ。

最初に決めたのは、家賃2万9000円の狭い木造アパートで、エアコンもなかった。それでも山添さんは、毎日誰とも顔を合わせずに生活することができると思うと、「自分はやっと解放されたんだ! 自立して生きていくことができるんだ!」と感慨深く思ったという。

32歳ごろには、子供の頃から夢だった海外旅行を決行。以降、6年間で10カ国、30都市に滞在してきた。山添さんは1度旅に出ると、2~4週間は戻らなかった。

スーツケースを引いて歩く男性のシルエット
写真=iStock.com/massimofusaro
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「日本にいると緊張するし、日本人はどこで仕事をしているのか、どの学校を出ているのかとすぐに聞くので、あまり話したくありません。海外ではネットで知り合った友人に会ったり、友人の家に泊めてもらったり。それが楽しくて、お金を貯めては海外に行くようになりました」

山添さんは昨年、TOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)で905点(990点満点)を取得した。中2年から不登校だった山添さんの英語学習は、自分で参考書や問題集を購入し、インターネットを活用した独学だ。将来的には通訳案内士などの英語を使う仕事の資格取得も視野に入れつつ、「英語学習は自分にとって、おそらく一生の課題としてマイペースに勉強を続けていきます」と語る。