近年、フードロス問題への関心が国内外で高まっている。捨てられるものの中には、牛や豚、鶏などの動物の肉も含まれる。ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀徳さんは「日本には古くから家畜を供養する風習が数多く残っている。岡山県には、人間のために尽くす牛の恩に報いる目的で700万個以上の牛の鼻輪を積み上げた『鼻ぐり塚』がある。現地を訪れ塚の前に立つと、牛たちの声なき声が聞こえてくるようだった」という――。
福田海の境内にある鼻ぐり塚
撮影=鵜飼秀徳
福田海の境内にある鼻ぐり塚

岡山になぜ? 牛が生きた証を残す遺品=鼻輪を無数に積み上げた塚

その高さは3、4メートルほどになるだろうか。

境内を歩いていくと、ひときわ大きな塚が見えてきた。てっぺんに五輪塔が立てられている。見れば「輪投げ」の輪のような物が無数に積み上げられてできている。

案内板には「鼻ぐり塚」とある。近くに、牛と豚のブロンズ像が祀られている。

「鼻ぐり」とは、家畜である牛の鼻輪のこと。家畜用の牛には肉用牛や乳牛がある。かつては田畑の労役などで飼育されていた。牛には、縄を結ぶために鼻に穴を穿うがたれ、鼻輪をはめられる。いずれ肉用牛は出荷され、食肉処理され、肉や皮となってわれわれの生活の糧となる。乳牛も、乳が出なくなった後は食用牛として利用される。唯一、その牛が生きた証を残す遺品。それが鼻輪なのだ。

わが国には、奇妙な弔い・供養の風習が数多く残っている。

ひとつのアイテムが供養の対象となり、連綿と集められ続けた結果、巨大な造形物となって人々を驚かせるケースもある。そこには、「弔わずにはいられない」理由が隠されているはずだ。珍奇な習俗はなぜ、どのように始まったのだろうか。

鼻輪の数は700万個以上、年間数万個のペースで積まれ続けている

オミクロン株が今ほど感染拡大していなかった昨年12月、のどかな田園地帯が広がる岡山市吉備津を訪れた。一帯には桃太郎の伝説のふるさと吉備津神社や吉備津彦神社、あるいは近くには教派神道のひとつ黒住教本部などの宗教施設が点在する。いわば、信仰に根ざした地域である。吉備津神社と吉備津彦神社を結ぶ街道沿いに、明治期に創設された福田海ふくでんかいと呼ばれる修験道系新宗教の本部がある。

福田海を開いた教祖・中山通幽は大正末期、人間のために尽くしてきた牛の大恩に報いる目的で鼻輪を集めて供養することを発願した。通幽は鼻ぐり塚だけではなく、「無縁の対象」を集めて供養する事業を、全国行脚しながら実施してきた人物で知られる。

鼻ぐり塚を発願する前の明治期には、京都・化野界隈に散在していた8000体もの石仏・石塔を集めて化野念仏寺に祀っている。現在、化野念仏寺の無縁地蔵群は、地域のシンボルにもなっており、いかにも京都・嵯峨野らしい景観をつくっている。8月のお盆の時期の夜には、石仏に蝋燭を灯して供養する千灯供養が有名で、大勢の観光客で賑わう。

冒頭で触れた福田海の鼻ぐり塚は横穴式円墳を利用して造形されている。墳丘上に、全国から集めた鼻輪を集積。石室内には、真鍮製の鼻輪を溶かしてつくった阿弥陀仏の名号を刻印した金属板を奉納して、動物の守り本尊である馬頭観音を祀って、供養塚とした。

かれこれ100年近くが経過しているが、現在でも年間数万個のペースで鼻輪が積まれ続けている。総量は700万個を超えるという。塚の前に立つと、牛たちの声なき声が聞こえてくるようである。

鼻輪の集積が現代アートのようだ
撮影=鵜飼秀徳
鼻輪の集積が現代アートのようだ

青や赤や黄やピンク……、カラフルな鼻輪の集積が現代アートのような造形をつくりだしている。毎月第三日曜日には供養を実施し、春と秋には護摩をたいて大々的に畜魂祭を執り行っている。福田海では牛とともに豚も供養の対象にしている。

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