職人の腕に頼っていては限界がある
黒田がコンロに火を点けると、赤い炎が噴き出し、熱気が空気を歪めた。隣にはどっしりとした中華鍋が掛けられ、調理台には具材を片手で測って鍋に入れられるように秤が置かれている。
「次に再現性です。誰でも作れるオペレーションにする必要があります」
料理屋である以上、提供する食事には作り手の個性が反映される。秘伝の技や受け継がれる味といったもので、この個性を求めて来店する客が多いのが実態だろう。
黒田はこういった職人の腕に頼っていては、店の展開に限界があるという。誰が作っても同じ味ができるような仕組みにする必要があった。
ラーメンと違って焼きそばにはスープがないため、調理法はそれほど複雑ではない。一連の作業をいかにスムーズに進めるかが勝負だ。
「そういうやり方で、独自性は維持できるの?」
「どの店でも真似できちゃうんじゃないかっていうことですよね? 大丈夫です。この焼きそばをコピーするには、ものすごい手間がかかりますから」
黒田は、自信ありそうにうなずいた。膨大な時間を注ぎ込んで作ったソースや麺の味は、簡単には真似できないという。問題は、それをいかに均質に提供するかにあった。
具は豚肉とキャベツだけ
店内は、厨房から客席までやや距離を置いたレイアウトになっていた。鍋から油が飛ぶ可能性があるというのは表向きの理由で、実はアルバイトが作っているところをあまり見られたくないという事情もある。マニュアル化を、よく思わない客もいるかもしれないからだ。
「作ってみましょうか?」
言葉で説明するには不十分と感じたのか、黒田はエプロンを手に取った。
「まだ開店時間じゃないけど、いいの?」
「もう仕込みは終わってますから、大丈夫ですよ」
キャップを後ろ向きにかぶると、黒田は麺を量った。並盛で250グラム、大盛りで330グラム。三河屋製麺という外部の製麺所から取り寄せた麺で、通常の麺の倍ほどの太さがある。
中華鍋が温まってきたところで、豚肉とキャベツを入れて焼いていく。中太麺なので、しっかり押しながら火を通す。ニンジンは入れない。入れてみることも考えたが、味が変わってしまうので頻繁には手を加えたくないという。
仕上げにソースをたっぷりかけると、できあがりだ。目玉焼きは、スチームコンベクションというオーブンを使ってふっくらと焼く。紅しょうがは各テーブルには置かず、好みに応じて皿に添える。