「金儲けは好きではありません。ただ、うまいだけです」

その後、ソロスはロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)を卒業して26歳でアメリカに渡り、ジム・ロジャーズと2人で始めたクォンタム・ファンドで大きな成功を収めたが、自らの富に戸惑っていた。

父のティヴァダールは、「金は何らかの目的を達成するための手段にすぎない」と息子に教えてきた。大金を手にしたものの、「人生の目的」とは何なのか?

ある晩餐会の席で、隣に座った女性小説家から「ご自分がお金儲けが好きだと初めてはっきり気づかれたのはいつなのですか」と問われて、ソロスはこう答えた。

「金儲けは好きではありません。ただ、うまいだけです」

ソロスには、若い頃からの夢があった。それは自らの哲学を世に出すことだ。

学生時代にLSEのスター教授だった科学哲学者カール・ポパーの『開かれた社会とその敵』に大きな感銘を受けたソロスは、1982年に創設した国際慈善団体を「オープン・ソサエティ(開かれた社会)協会」と名づけ、ポパーの名をとった奨学金制度を始めた。

もっともポパーの方は、何度か論文を送られ、自宅に招いて批評を伝えたこの教え子のことをほとんど覚えていなかったようだが。

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平穏な時期が続いたあと暴落や暴騰が起こる

ウォール街で成功したあと、ソロスは1961年から66年の5年をかけて学位論文を完成させようと苦闘し、草稿をポパーに送った。

「第一印象はとてもよかった」という返信をポパーから受け取ったものの、その後、ポパーの関心は薄れていったようだ(「あまりお手を煩わせないというお約束をいたしましたので、しばらくお便りはご遠慮申し上げました」というソロスの手紙だけが残っている)。

ソロスは自身の著書で「再帰性(リフレクシヴィティ)」について論じている。この概念は難解だが、いまなら数学者ベノワ・マンデルブロと並んで、もっとも早く「複雑系」について指摘したものと再評価されるかもしれない。

アインシュタインやフォン・ノイマンと並ぶ20世紀が生んだ天才であるマンデルブロは、世界には正規分布(ベルカーブ)とは異なる分布が遍在していることを発見し、これをフラクタルと名づけた。フラクタルでは、要素同士の相互作用によって分布の尾が長く伸びていく。これがロングテールだ。

マンデルブロは、金融市場の価格の分布もフラクタルの典型だという。そこではベルカーブにちかい平穏な時期が続いたあと、突如、暴落や暴騰のような「とてつもないこと(ブラックスワン)」がロングテールの端で起きる。投資家同士がお互いを参照しあって、そのフィードバック効果で「テールリスク」が顕在化するのだ。

ソロスはクルト・ゲーデルの「自己言及のパラドクス(不完全性定理)」を市場に適用したものを「再帰性」と呼んでいるが、金融市場を観察するなかで、マンデルブロとはまったく独立にこの奇妙な事象に気づいたのではないだろうか。