「いらっしゃいませ、こんにちは〜」は遠近両用

遠い言葉は、相手になるべく触れないようにすることで、かしこまった丁重さを表現するのに向いています。反対に、近い言葉は、積極的に相手と触れ合うことで、うちとけた親しさを表現するのに向いています。

出所=『日本語の大疑問』
出所=『日本語の大疑問

コンビニなどから始まり、あちこちで聞くようになった店員さんのあいさつ言葉に、

「いらっしゃいませ、こんにちは〜」

というのがあります。奇妙なあいさつですが、じつはこれも言葉の遠近で説明できます。「いらっしゃいませ」は丁寧なあいさつで、初めてのお客さんにも安全に使うことができます。それに対し、「こんにちは」は本来知っている相手に使うあいさつです。

この2つを並べて一度に言うのは、まずは丁重なあいさつで迎えておいて、それで(一応この場での)人間関係ができたと見なし、知っている人への親しいあいさつを重ねるという、“遠近両用”のストラテジー(作戦・戦略)と見ることができるのです。

「サセテイタダク」は増、「サセテクダサル」は減

敬語を発達させてきた日本語には、遠い言葉が豊富です。ご質問にあった「させていただく」もそうで、本来、目上の相手の許可を得て何かをすることで相手から恩恵を受けることを表す、とても丁寧度の高い言い方です。最近頻繁に聞くようになりましたし、

「優先させていただいております」と書かれた東京メトロ半蔵門線の案内板
画像提供=滝浦真人
「優先させていただいております」と書かれた東京メトロ半蔵門線の案内板

「このたび私たちは入籍させていただきました」

のように、相手は何も関与していないのに使われるものも少なくありません。この言い方をめぐって、この100年ぐらいの日本語で調べてみると、面白いことがわかります。

“やりもらい”の授受動詞には、受ける側から言う言葉として「クレル」と「モラウ」があって、それぞれに非敬語形と敬語形がありますから、全部で4つの形があります。

それらに「サセテ……」を付けた形を、数十年離れた2つのコーパス(大きな言語資料体)で比較検討した調査によると、非敬語形では「サセテクレル」が増えたのに対し、敬語形では「サセテクダサル」が減った一方、「サセテイタダク」が増えたことがわかりました*1。勢いを増した形が、非敬語ではクレル系なのに敬語ではモラウ系だったという現象は不思議とも見えます。