クレルとモラウは何が違うのか

ポイントは、クレルとモラウの違いです。文例を見ながら説明してみましょう。

a「財布を落として困っているときにお金を貸してクレて、とても助かりました」
b「財布を落として困っているときにお金を貸してモラって、とても助かりました」

どちらも同じように使えますが、クレルのとモラウのはそれぞれ誰か? と考えてみると違いがわかります。各々の主語ということになりますが、クレルの主語はこの人にお金を与えた人です。それに対して、モラウの主語はこの文を言っているこの人自身です。

日本語では主語を言わないことも多いですが、仮に言っていなくても、たとえばaの文を言えば、「(あなたが)クレて」のようにお金の与え手に言及していることになります。これがbだと、「モラウ」のはあくまで「私」などですから、自分のことを言っているだけです。

クレルとモラウの使用頻度の変化
出所=『日本語の大疑問

「させていただく」だと相手に触れずにすむ

じつはこの違いが効いてきます。言及するとは言葉でその人に触れることとも言えるので、aのクレル系では必ず主語である他者に触れざるを得ないのに対して、bのモラウ系では他者に触れずにすむという違いがあることになります。

ここで、先ほど「遠い言葉」と「近い言葉」についてお話ししたことを思い出してください。敬語は遠い言葉、タメ語は近い言葉でした。遠い言葉でありたい敬語形では、なるべく相手に触れずにいる方が安全です。一方、非敬語形ではその必要がなく、むしろ相手に触れるくらいで丁度の距離感となります。

非敬語形でクレル系、敬語形でモラウ系が増えていたという結果は、このことと見事に合致していますね。というわけで、非敬語ではより近い言葉へ、敬語ではより遠い言葉へ、というのが現在の日本語におけるポライトネス意識だと言えそうです。