夫である三浦朱門さんを在宅介護で看取ってからというもの、一人になった作家・曽野綾子さんは静かに、慎ましく生きてきました。歩んできた歳月に思いをはせ、人間の優しさと悲しみ、人がこの世に生まれてきた使命とは何かを見つめる日々。そして90歳になってたどり着いた境地……。曽野さんがつづってきた言葉を厳選して編んだセブン‐イレブン限定書籍『人生の意味』が刊行されました。同書より、そのエッセンスを特別公開します──。

※本稿は、曽野綾子『人生の意味』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

人の世の不平等に悩むあなたへ

「人生の勝ち負けに単純な答えはない」

人間の勝ち負けというのは、そんなに単純なものではありません。私たちが体験する人生は、何が勝ちで何が負けなのか、その時々にはわからないことだらけです。

数年、数十年経ってみて、もう死の間際まできて、やっとその答えが出るものも多い。永遠に答えが出ないことだってある。それが人生というものです。

「幸福を感じる力は不幸の中でしか養われない」

闇がなければ、光がわからない。人生も、それと同じかもしれません。幸福というものは、なかなか実態がわからないけれど、不幸がわかると、幸福がわかるでしょう。だから不幸というのも、決して悪いものではないんですね。

荒っぽい言い方ですが、幸福を感じる能力は、不幸の中でしか養われない。運命や絶望をしっかりと見据えないと、希望というものの本質も輝きもわからないのだろうと思います。

ニットで作られたハートを差し出す手
写真=iStock.com/Irina Vodneva
※写真はイメージです

人間の完成は中年以後

「すばらしいのは、人生が未完であること」

人間の完成は中年以後にゆっくりやってきます。それは、人生が「生きるに価するものだった」と人が言えるように、その過程を緩やかに味わうことができるようにするためではないでしょうか。

早く完成すれば、死ぬまでが手持ち無沙汰になってしまう。そんな運命の配慮に、私は中年以後まで全く気がつきませんでした。

すばらしいのは、人生が未完であるということ。なぜなら人間の存在そのものが不完全なのですから、未完であり、何かを断念して死に至るということは人間の本性によく合っているのです。