最澄様だったら、お薬師様だったら

髙橋さんは、相手に自分の現状を伝えた。見ず知らずの人から事実無根の書き込みをされ、傷つき、恐怖を感じ、外に出られなくなったこと。仕事を一気に失って全ての収入がなくなったこと。いま自分は生きているけれど、「髙橋しげみ」というアナウンサーは殺されたも同然であること。匿名で言葉の暴力をふるうことは、暗闇から無防備の相手にやりを突き付けるようなものだということ。

「わかってもらえるまで話さないと、また同じことを繰り返すんじゃないかと思ったんです。3時間ぐらいは話したと思います。最後はみんな泣いていました」

そして別れ際、「もう二度としないでくださいね」と言った後、こう伝えた。「あなたがあんなことを書いたおかげで比叡山に行く決心がつきました。そこは感謝しています」

髙橋さんは語る。「それが許すということなのかなと思うんです。私も短気で気が強いし、自分の思考回路や感情で考えると、恨む気持ちから抜けだせなかったと思います。そこで、『最澄様だったら、お薬師様だったらどうされるかな』と考えて、固まっていた心がふーっとほぐれていったんです」

木村花さんの事件に「もう黙っていられない」

その後も、ネットの誹謗中傷の被害は後を絶たない。心を痛め、命を落とす人もいる。「もう黙ってはいられない。何とかしなくては」と、髙橋さんが声をあげるきっかけになったのは、2020年5月。女子プロレスラーの木村花さんが亡くなったことだった。

「『こんなひどいことが続くなんて、もうだめだ』と思ったんです。しかも、花さんのお母様は、娘をこんなふうに亡くされたのに、そんな彼女までも中傷する人がいる。ネットで匿名の人から中傷されることが、どんなに大変なことか、つらいことか、もっと知ってもらわなくてはいけないと思ったんです」

髙橋さんは、ネットの誹謗中傷の体験を募っていたネットの媒体に連絡を取った。

「弁護士からは、『名前や顔を出すと、また同じことになるんじゃないか。誹謗中傷されるんじゃないか』と言われました。でも、顔や名前を出さなければ説得力がありません。それに、匿名で中傷してくる人たちと、何ら変わらないことになってしまう」

髙橋さんは自分の体験を包み隠さず話し、その内容は記事化された