ワイヤレスヘッドホンやワイヤレスイヤホンの普及、9軸センサーの小型化、情報を処理するCPUの高速化などの技術進歩により、ようやくここ数年、音の立体化と定位化が可能になってきた。

ソニーはいち早く「立体化×定位化」を進めていたが…

2017年にはNECが「音響AR」技術を発表している。これは、例えば対応ヘッドセットをつけて壁に貼ってあるポスターの前を通りかかると、真横から声が聞こえてくる。あわててポスターを振り返ると、今度は正面から音が聞こえてきて、まるでポスターに話しかけられたとしか思えない体験ができる、というもの。

プレスリリースの「観光ナビゲーションや案内サービスに活用が可能」という提案から分かるように、NECでは音響ARにGPSなどの場所特定技術を掛け合わせて、リアルの空間における新しい音響体験の創出を目指していたようだ。

ソニーも早くから音響ARに取り組んできた企業である。こちらは「Sound AR」と呼称しており、2018年11月にそれを体験できるデバイスとして、オープンイヤータイプのヘッドセット「Xperia Ear Duo(エクスペリア・イヤー・デュオ)」を発売、イベントでSound ARを体験できるコンテンツも披露している。

しかしソニーはその1年後の2019年10月、定位化を除いて立体化のみを実現する「360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)」を発表。この技術を導入した楽曲の提供をAmazon Music HDなどの音楽配信で進めはじめた。

それまで立体化と定位化を組み合わせた技術開発をしておきながら、わざわざその後から立体化のみの技術発表と実装を始めたのは、どのような意図からだろうか。

あくまで「音楽を聴く技術」を優先させたか

ひとつには、独自に技術開発を進めることで業界内で孤立しないよう、他社との連合を優先したのだと考えられる。

360 Reality Audioの特徴は、国際標準であるMPEG-H 3D Audioに準拠していることだ。自社だけでなく他のレコード会社とも提携し、ヘッドホンだけでなく据え置き型スピーカーの対応製品も発表している。

もうひとつは「音楽鑑賞において重要なのは音の立体化であって、音の定位化は必ずしも必要ない」と判断したということだろう。

音の立体化技術を適用すると、例えばボーカル曲を聴いても、あたかもライブスタジオで歌い手を目の前にして聞いているかのような臨場感が味わえる。一方、音源が外部に定位されていることは、そこまで劇的な効果はない。