Apple Musicがダイナミック・ヘッド・トラッキング・サウンドに対応したことで、Appleは音の定位技術の利用者数で、360 Reality Audioのソニーを抜き去り、圧倒的な1位となった。

ユーザー目線では「『音の定位』に関してはAppleが世界のトップ」と認知されるだろう。同時に技術育成に必要なフィードバックの数でも、新技術開発のベースとなる市場シェアにおいても、ソニーを引き離したことになる。

そこには「先行の利(実際には後発なのだが)を活かして、メタバースという未来の有望市場をいちはやく独占する」という戦略的な意図が隠されているのではないか。

「未完成のものは出せない」体質が明暗を分けた

技術的に見ればAppleの定位化技術であるダイナミック・ヘッド・トラッキング・サウンドは、ソニーやNECなどの先行技術を凌駕しているわけではない。

リスナーの動作から音源定位化までのタイムラグの大きさでは、ソニーやNECのほうがAppleより小さい。

とはいえソニーにせよNECにせよ、ディレイはやはりゼロではない。それだけ定位化に必要な演算処理が膨大で、リアルタイム処理には限界があるのだろう。

これは想像になるが、おそらくこの”不完全さ”こそ、日本勢が自信を持って音の定位化技術の普及に踏み切れなかった要因ではないだろうか。日本企業は「クオリティありき」体質で、完成させる前の技術を市場に出すなど問題外だからである。

日本企業の負けパターンが繰り返されるのか

一方のAppleは「定位化はユーザーにとって未知の体験であり、リリースする価値はある」と割り切り、未完成であることは承知で市場に出したのだろう。

未熟な技術でもまず世に出してマーケットをつくり、フィードバックを受けながら完成度を上げていって、先行企業として独占状態を築く。典型的なシリコンバレーのIT企業の戦略である。

この戦略性の差が、保守的な日本の電器メーカーと時代の先端を走るGAFAMとの違いといえる。

残念ながら音の定位化技術においても、これまで何度も繰り返されてきた日本のハイテク企業の負けパターンが繰り返されるのだろうか。それとも技術で先行する日本勢が巻き返し、Appleを差し置いて本命であるメタバースへの導入にこぎつけるのか。

音響技術に関心を持つ者にとって、これから数年は目の離せない転換期となりそうだ。

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