「食べずに毎週22キロ」歩くとどうなるか?
カロリー制限の実験をして、その効果を研究するのはたやすい。幾人かに食事を制限させ、体重が減少するか、その後も減少した体重を維持できるかを調べればいいだけだ。
こうした研究はこれまですでに行われている。
1919年、ワシントンのカーネギー研究所で、摂取カロリーを減らしたときにエネルギーの総消費量がどのように変化するかについての詳しい研究が行われた(※5)。研究対象となったボランティアは、一日1400キロカロリーから2100キロカロリー程度に食事を制限する“半飢餓状態”におかれ、経過を観察される。
これは通常の摂取カロリーより30%削減された食事である(今日の減量のための食事療法では、ほぼ同じレベルのカロリー制限が課されている)。さて、摂取カロリーを削減したことでエネルギーの総消費量(消費カロリー)は変わっただろうか?
実験参加者の総エネルギー消費量は30%も減少し、平均して、実験前のおよそ3000キロカロリーから1950キロカロリーに減っていた。100年近くも前から、摂取カロリーは消費カロリーに深く関わっていることが明らかだったわけだ。
30%のカロリー制限をすれば、消費カロリーもほぼ同じ30%減少する。つまり、エネルギーの収支バランスは常に保たれていることになる。
その数十年後の1944年と1945年、今度はアンセル・キーズ博士(1904〜2004年)が飢餓実験を行っている。これは「ミネソタ飢餓実験」と呼ばれ、詳細は2巻にわたる『The Biology of Human Starvation(飢餓状態にある人間の生理学)(※6)』として1950年に出版された。
第二次世界大戦後、何百万という人が飢餓にさらされたが、その頃はまだ科学的な研究が進んでおらず、飢餓状態が人間の生理活動に与える影響は知られていないも同然だった。
ミネソタでの実験は、カロリー制限をしている時期と、飢餓状態からの回復期における人間の状態を理解する目的で行われた。事実、この研究結果を踏まえて、飢餓状態にある人間の心理状態を詳しく書いた、救護者の現場マニュアルが作成された(※7)。
実験内容はこうだ。被験者は平均身長178センチ、平均体重69.3キロの健康で、平均的な体格の若い男性36人。始めの3カ月、被験者は一日の摂取カロリーを3200キロカロリーとする、ごく標準的な食生活を送った。
次の6カ月は半飢餓状態にするため、1570キロカロリーのみが与えられたが、目標である体重24%減(もとの体重比)を達成するよう摂取カロリーの調整が行われたため、一日の摂取カロリーを1000キロカロリー未満に制限された男性もいた。
与えられた食事は高炭水化物のものばかりで、ちょうど戦後の荒廃したヨーロッパで手に入る食べ物と同じようなもの(ジャガイモ、パン、マカロニなど)が与えられた。肉や乳製品などはほとんど与えられなかった。加えて、彼らは運動として週に22キロ歩かされた。
カロリー制限の時期が終わると、3カ月間のリハビリ期間に入り、この間、徐々に摂取カロリーを増やしていく。このとき想定されていた一日の消費カロリーは3009キロカロリーだった(※8)。
「デメリット」がメリットをゆうに上回る
実験対象となった男性たちには、心身ともに変化が見られ、キーズ博士本人もこの実験の過酷さに衝撃を受けた。実験期間の全般にわたって、被験者は常に寒がっていた。
そのひとりはこう説明している。
「寒くて仕方ないんです。7月の天気のいい日だというのに、私は防寒のためにシャツとセーターを着て町を歩いています。被験者ではなく、食事も十分に摂っている私のルームメイトは、夜は蒲団もかけずに寝ているというのに、私は2枚の毛布にくるまって寝ているんです(※9)」
その男性は、安静時代謝量が40%も落ちていた。興味深いことに、この結果は30%の減少が確認された1919年の研究結果と酷似している。被験者の体力を測る指標も21%減少し、心拍数も35回――平均的な心拍数は1分間に55回――に減少していた。
心臓の1回拍出量は20%減少し、平均体温は35.4度に下がり、血圧も下がっていた(※10)。
被験者の耐久力は半減、とても疲れやすく、めまいを起こすようになっていた。髪も抜け、爪も割れるようになった。