イケアのビジネスモットー
カンプラードは、すべてがどのように六角レンチ一本で組み合わさったのかについて説明している。
人間の頭の中で、いつ哲学が形成されるのかははっきりとはわかりません。決して私の先見性を誇張したくて言っているのではありませんが、ミラノで私は……「民主的なデザイン」という、その方向へ一押しされたのだと思います。これは、単にいいデザインというだけでなく、当初から機械生産に適応し、したがって安く生産できるデザインです。そういうデザインと、組み立て式のイノベーションで、工場と輸送で大金を節約しつつ、顧客に対する価格を抑えられるんです7。
カンプラードはやがて、自分なりのまっとうな家具市場のビジョンを、イケアのビジネスモットーへと蒸留させた。「デザインと機能に優れた家庭用家具製品を、幅広く、多くの人々に廉価で提供することである」8
刺激のない産業もイノベーションで一変する
というわけで、これがイノベーションスタックと、まっとうにしたいという欲求だ(政治はどうあれ)。でもぼくはイケアの利潤よりプロセスに興味があった。スクエアもイケアも、イノベーションの道をすぐに選んだわけじゃない。スクエアは、見つけられる限りクレジットカード業界のベストプラクティスを真似て回ろうとしたけれど、初日の半ばにその発想を放棄した。既存の仕組みでは、奉仕したかった人々に絶対に奉仕できないことがわかったからだ。イケアも、多くの点で他の家具店のようになろうとしたけれど、業界の展示会や工場から閉め出され、最後に故国からも追われた。
都市から蹴り出された17歳の少年は、史上最大の家具屋を作り上げた。イケアのイノベーションスタックは、イノベーションが世界で最も刺激のない産業ですら一変させられるという完璧な事例だ。イケアはとんでもなく成功した会社で、まちがいなくすさまじく儲けているが、儲けがずばりどれだけかはわかっていない。イケアは非公開企業だからだ9。
カンプラードという人物にも魅了された。それは今や改心して穏やかな人物で、多くの点でジャンニーニの真逆に思える。直接話を聞きたいと思ってイングヴァル・カンプラードに連絡を取ろうとした。残念ながら、本稿のリサーチ中に彼は死んだ。
1.Ingvar Kamprad and Bertil Torekull. Leading by Design: The IKEA Story (New York: Harper Business, 2011), p. 47. 邦訳・トーレクル『イケアの挑戦:創業者(イングヴァル・カンプラード)は語る』(ノルディック出版、2008)p.53 ただしマッチ箱のエピソードはない。
2.Leading by Design, p.52. 邦訳『イケアの挑戦』pp.59-60.
3.Leading by Design, p.53. 邦訳『イケアの挑戦』p.61.
4.Leading by Design, p.214. 邦訳『イケアの挑戦』p.287.
5.Leading by Design, p.84. 邦訳『イケアの挑戦』p.102 ただし英文引用との差のため一部改編。
6.Leading by Design, 邦訳『イケアの挑戦』p.61.
7.Leading by Design, p.88. 邦訳『イケアの挑戦』p.108 ただし英訳にあわせて一部改編。
8.Leading by Design, p.172. 邦訳『イケアの挑戦』p.213.
9.というか、世界中に広がった何十もの企業群だ。