※本稿は、ジム・マッケルビー『INNOVATION STACK だれにも真似できないビジネスを創る』(東洋館出版社)の一部を再編集したものです。
最も波瀾に富まないイノベーション例
スクエアでの出来事は、今やあまり偶然とは思えなかった。A・P・ジャンニーニとバンク・オブ・イタリーの話を学んだので、やっと賢い兄貴を見つけた気分になった。スクエアとバンク・オブ・イタリーの類似性は、無視するにはあまりに露骨に思えた。でもぼくの研究にはまだ一つ深刻な問題があった。
すでに述べたように、「『いまの常識は100年前の非常識』イタリア人移民が世界有数の銀行を作るために始めたこと」の当初の草稿は劇画で、ジャンニーニはスーパーヒーロー役に見事に当てはまった。それがまさに問題だった。ジャンニーニはあまりにキャラが立ちすぎていて、あれほどの壮絶な結果を生み出したのはイノベーションスタックの力ではなく、この人物のやる気と創意工夫でしかなかったという可能性を否定しきれなかったのだ。これは実験室の外ではありがちな問題になる――結果を左右しかねない変数がありすぎるのだ。
イノベーションスタックの本当の威力を証明するためには、別のテストケースを見つけないと。今回は、特別な産業にして特別な起業家を見つける必要があった。全人類史から選べる立場だったので、作用しているイノベーションスタックは何百とあったから、意図的に最も波瀾に富まないものを探した。殺人もなし、炎上する都市もなし、マント姿のヒーローもなし。そしてもっと重要なこと。コンピュータもなし、ヴァイラルな成長もなし、ネットワーク効果もなし。
平板な産業で起業した悪漢
ハイテク産業はワクワクさせてくれるし、財産を作るには最高だけれど、データにはひどいことをしてくれる。どんな産業でも成功したハイテク企業を調べると、テクノロジー自体の影響を切り分けるのはむずかしい。だからこそぼくは、人々がグーグルの経営手法を真似ると笑ってしまうのだ。好きに使えるキャッシュフローが200億ドルあれば、経営ミスは何でも解決できてしまう。グーグルは世界最高の経営をしているかもしれないけれど、同社が自前で宇宙開発計画のお金を出せるという事実については、どうやって補正するの?
ぼくはワクワクするデータがほしかったので、つまらない産業を選んだ。類人猿が石器を発見して以来あった産業だ。文字より前からある産業なら、可能なイノベーションはすべて尽きているはずだ。世界中のあらゆる場所に何千もの競合他社がいて、舞台がまったく平板な産業を選んだ。あまりに「退屈」なので、イノベーションの見事な例になるような産業だ。
でもこの新たなテストケースでは、産業に負けず劣らず起業家当人も重要だった。またもやマント姿のヒーローは御免だった。その正反対がいい。内向的で引っ込み思案な人間がほしい。喜んで城壁都市の内側にとどまっていたはずなのに、蹴り出されてしまった人物だ。この要求に完璧に当てはまるスウェーデン人の少年が見つかった。完璧すぎるくらいだった。ヒーローどころか、見つかったのは悪漢だったのだ。