「自分の体を守りたければ自ら動く」
先に指摘した通り、人間はベネフィットよりリスクに目を奪われる傾向がある。ただでさえそうなのに、リスクを煽る報道が加わったら、合理的な判断ができなくなるのも致し方ない。
このときメディアによって植えつけられた誤ったイメージがいまも根強く残り、mRNAワクチンへの不安となって表れているのだ。
ただ、ここにきて風向きは変わりつつある。女性診療科の千酌潤助教は「ベネフィットが世間に認識され始めてきた」と明かす。
「2021年1月、日本国内で、2名の小児がん患者の肺がんが、母親の子宮頸がんが移ったことによるものだったことが報告されました。この症例は一般紙に載るくらいインパクトがあった。ニュースを聞いて、HPVの感染予防には大きなベネフィットがあると気づいた人は多かったはずです」
日本産科婦人科学会は、HPVワクチンの積極的勧奨の早期再開を求める要望書を厚労省に提出している。いまのところ厚労省に具体的な動きはないが、近年の風向きの変化を考えると、積極的勧奨が再開される可能性は十分にある。
気になるのは、そのタイミングだ。HPVワクチンが予防効果を発揮するのは、感染前に接種した場合に限られる。性的接触で感染することを考慮すれば、性交を経験する前あるいは活発になる前に接種することが望ましい。
厚労省のアクションを待っていたら手遅れになりかねない。現時点で積極的勧奨されていない以上、自分の体を守りたければ自ら動かなければならない。
年頃の子を持つ保護者に送るメッセージ
現在も定期接種に分類されているため、対象である小学6年生から高校1年生までの女子は、自治体の契約医療機関で接種すれば無料。対象年齢外でも有料の任意接種ができる。
15歳までなら小児科に、それ以降は婦人科に相談するのが一般的だが、10代の女性が婦人科にいくのは心理的なハードルが高い。やはり保護者の支えが必要だろう。
千酌潤先生は、年頃の子を持つ保護者たちにこうメッセージを送ってくれた。
「保護者の方が、リスクを心配してワクチン接種に慎重になる気持ちはわかります。ただ、ワクチン接種は子どもの権利です。子宮頸がんやHPVワクチンについて知ることは性教育にもなります。ぜひお子さんを信頼して、正しい情報を与えて一緒に考えてほしいですね」
新型コロナウイルスの感染拡大は世界中に脅威を与えたが、ワクチンのベネフィット面に光が当たる契機にもなった。これまでリスクが強調されがちだったことを思えば、今回が良いターニングポイントになるかもしれない。
今後も未知の感染症が現れ、人類は新たなワクチンを開発して対抗しようとするだろう。そのとき直感やイメージでワクチンを評価するのはやめにしたい。ベネフィットとリスクを科学的にとらえて判断する姿勢が大切なのだ。