同居の後悔
3人の同居生活のルールは、基本的に自分のことは自分で行うこと。和栗さんが父親にすることは、夕飯のおかずをおすそ分けすることと、父親の部屋を含め、家全体の掃除をすることのみ。当時75歳の父親はまだ元気で車の運転も続けており、会社を経営していた関係で友人知人が多かったため、旅行や外食で不在にすることが少なくなく、自由気ままに暮らしていた。
ところが、同居から半年ほど経った頃、問題は起こった。
関東へ引っ越してくる前に車の運転免許を取得していた息子。和栗さんが、「息子にここでも車の運転をさせたいから、お父さんの車を貸して」と言ったところ、「保険料が上がるから嫌だ」と断られたのだ。
「今思い返すとささいなことですが、当時は息子をばかにされたような、否定されたような気持ちがして、『なんで?』『反対の理由がせこい!』と思い、父と同居したことを後悔しました」
お酒が好きな父親は、「付き合いだ」と言ってお酒を飲んで帰ってきては、深夜にトイレを汚したりつまずいて転んだり。ベランダで吸ってくれるとはいえ、ヘビースモーカーで1日に30本以上タバコを吸うため、煙が部屋の中まで入って来るのも、洗濯物がタバコ臭くなるのも嫌でたまらない。「やめたほうがいいよ」と言っても、「やめるくらいなら肺がんになって死んだほうがいい」と聞く耳を持たなかった。
毎日の小さなストレスが日に日に積み重なってきた和栗さんは、姉たちに言って家族会議を開いてもらうが、解決策は見つからない。ただ、「和栗さんたちが父親と同居してあげている」というスタンスで、父親が家賃を負担するということだけ決定。和栗さんは、「家賃を負担してくれるなら仕方ない。我慢しよう」と思うように努めた。
しかし父親は、年齢を重ねるにつれて年相応の物忘れが出始め、耳が遠くなり、イライラすることが増えていく。同居から5年経ち、父親が80歳を超えた頃、几帳面できれい好きだった父親の行動が、目に見えておかしくなっていった。
台拭きと皿拭きを一緒にしてしまう。1日履いた靴下が部屋の片隅に脱ぎっぱなし。入れ歯ケースが食器の扱いになり、油物のお皿と一緒に洗い桶に入っていたのを目にしたとき、和栗さんは「いよいよ来たな」と思った。
以下、後編へ続く。