肺がんが発覚

2021年3月、糖尿病で入退院を繰り返していた父親に、肺がんが発覚。ステージ3、余命半年と宣告された。父親は手術による治療を拒否したが、何とか治りたい一心で、毎日のように違う病院を受診。井上さんは、有無を言わさず運転手だ。

肺のパンデミック病
写真=iStock.com/sefa ozel
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「父は、手術の痛みに耐えられる自信がなかったようです。どこの病院へ行っても答えは同じで、大きな病院でも、『手術以外に治療方法はないし、救える可能性は少ない』と言われました。それでも諦めきれず、毎日のように父が自分でネットで探して見つけた病院に連れて行かされました。拒否すると、何をされるかわからないので……」

父親は、手術をするべきか、他の治療法はないのかと右往左往しているうちに、がんは進行し、手術対象外になった。肺がんが発覚したあとは、肺がんによる不安のため、精神疾患の方も悪化していった。24時間、365日側に誰かがいてくれないと不安でしかたがないという父親は、井上さんや自分の姉、最も信頼している訪問看護師への依存が強くなり、常に誰かに電話をして話していないと落ち着かなくなっていた。井上さんのスマホには、30分に1回着信があり、内容はいつも「俺なんて早く死んだらいいんだろ?」。電話をかけてきても無言だったり、話しかけても何も答えないなど、気分の波もより一層激しくなり、スマホの通知音がなる度、井上さんは心臓が口から飛び出す思いがした。

2021年6月。68歳になった父親は突然物忘れがひどくなり、「洗濯した服と着た服が分からない!」と言って部屋を泥棒にでも入られたかのようにぐちゃぐちゃに荒らしたりなど、今までにない異常行動が増える。

ある日の夜、マンションの管理人から突然電話がかかってきた。聞けば、父親がマンションの集合ポストの一角に座り込んでいるという。井上さんが慌てて向かうと、父親は座ったまま寝ており、なんとか起こして部屋まで連れて行く。とりあえず部屋に入ると、父親はベッドまで自力で歩いて行き、そのまま寝たのでその日は帰宅。

ところが翌朝、「家の鍵がない!」と電話で騒ぐので、井上さんが駆けつけると、マンションのドアに刺さったままになっていた。

「私が父の家から帰る時は、扉に鍵が刺さっているようなことはなかったので、私が帰ってからまた起きて部屋を出たのだと思います」

井上さんは、父親の異常行動が気になり、肺がんの主治医を緊急受診。検査の結果、がんが脳に転移していることが発覚。そのまま入院となった。