白髪と骨と皮ばかりのやせ細った母親の背中
2月、母親は車椅子で散歩ができるまでに回復。柳井さんが車椅子を押して外に出ると、母親はご機嫌だ。一方で柳井さんは、白髪と骨と皮ばかりのやせ細った母親の背中を見て、悲しくなった。
「私は高校の頃、荒れていて、毎日のように母とケンカしていましたが、こんなに痩せた母では、もうケンカもできません。本当は泣きながら、『お母さん! 弱っていかないで!』と、母にすがりつきたい気持ちでいっぱいでした」
2月末、感染拡大し始めた新型コロナの影響で面会謝絶に。父親は、母親の退院後の在宅介護に備えて、断捨離を始める。母親は、要介護5と認定された。
3月、退院に向けて看護師やソーシャルワーカーとの話し合いが持たれ、看護師やソーシャルワーカーは施設を勧めたが、父親が「デイサービスやヘルパーを利用しながら在宅介護する」と言うので、母親は自宅に戻ることに。
母親の妄想から長年換気をしなかった築30年の実家は、あちこち傷んでいた。父親が退職して掃除や換気を行うようになり、だいぶ改善されたが、居間にあったピアノを査定に出したところ、業者に「カビやホコリがすごいのですが、長年倉庫にあったものですか?」と言われた。
ピアノ買い取り業者の言葉でエアコンの中が気になった柳井さんは、母親の退院前にクリーニングを依頼。そして3月24日、母親は自宅に戻った。
父親を他人だと言う母「男の家には泊まれない」
初めはケンカばかりだった父親による母親の在宅介護は、1カ月も経つと手慣れたものになっていた。
4月になると、緊急事態宣言が発出され、柳井さんの長女の保育園が閉鎖。柳井さんは、娘たちを連れて実家へ行き、一日中父親のサポートをした。
ある夕食時、父親がビールを飲んでいると、長女が「じーじのビール、く〜だ〜さい」と言い始め、父親や柳井さんが何度ダメだと言っても聞かない。すると突然「あ〜、うるせ〜!」と言いながら母親が長女の頭を叩いた。瞬間、柳井さんも父親もフリーズ。長女が泣き出すと、柳井さんは「お母さも、そのくらいで叩かなくても……」と言った。
しかし母親は、「うるせーからしつけ!」と平気な顔だ。
「ショックでした。腰の病気をする前までの母なら、絶対にしません。娘が叩かれたことよりも、母の認知症の進行を感じた悲しさが大きかったです。正直『こんな母、嫌だ』と思いました」
5月、母親は突然「家に帰る!」と言い出し、玄関で急いで靴を履こうとして、頭を床にぶつけてしまう。父親から連絡をもらい、娘たちを寝かしつけてから駆けつけた柳井さんは、何とか母親を落ち着かせたが、6月になると母親は、まばたきをパチパチ繰り返し、呼吸する間も惜しむように喋り続け、献身的な介護を続ける父親を他人だと言い、「男の家には泊まれない! 実家に帰らなきゃ!」と言って家を出ていこうとするように。